田中浩一郎・慶応大教授=提供写真

 長年独裁を敷いてきたシリアのアサド政権が崩壊した。内戦が続くシリア、また中東全体の情勢はどうなるのか。慶応大の田中浩一郎教授(中東安全保障)に聞いた。【聞き手・松本紫帆】

 強権で国を統治したアサド政権の力の源泉は、軍と秘密警察を含む情報機関だった。だが、2011年に始まったシリアでの内戦を通じてこれらの組織は弱体化し、兵員の士気低下も見られた。

 アサド氏を支援していたロシアはウクライナでの戦争にかかりきりで、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラはイスラエルとの交戦が激化して余裕がなくなった。イランも経済制裁に苦しむこの状況に乗じて反体制派が攻勢をかけ、政権は倒れた。

 今後のシリアは、反体制派の諸勢力による群雄割拠のような状況になるだろう。

 反体制派の政治組織「シリア国民連合」は民主的な統治を呼びかけているものの、政権移行プロセスの成功には、参加する諸組織の足並みがそろわないといけない。これまで反体制派はアサド政権を倒すという大きな方向性では一致していたものの、それぞれの組織の主義・主張は異なり、今後の方向性について容易にまとまるとは思えない。

 アサド政権を追い詰める過程でイスラム武装組織「ハヤト・タハリール・シャム」(HTS)が大きな役割を果たし、今後、発言力は抜きんでるだろう。こうした中で、HTSの思想がどこまで他の組織と合致するのか、どれくらいの統治能力を持っているのかが注目される。

 いったんは何らかの「政治合意」ができる可能性はあるが、合意が保たれるかは不透明だ。HTSの意見が尊重されない場合、より構図が複雑な内戦に陥ることも予想される。

 現在のシリア情勢は、中東の周辺国にも大きな影響を与えるだろう。特にアサド政権が崩壊したことで、イランからシリア経由でのヒズボラへの補給路が断たれることになる。

 ヒズボラにとっては、9月に事務総長(最高指導者)ナスララ師がイスラエルに殺害されて打撃を受ける中、今回の事態は追い打ちとなるだろう。イスラエルとしては、今後は敵対するイランを攻撃した場合に至近距離からヒズボラによって報復されるリスクが低くなり、イランに対する挑発をより積極的に行う可能性も考えられる。

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