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ロシアが攻勢を強めるウクライナ戦況。米国のトランプ次期大統領は、来年1月の政権発足前に、停戦実現へ担当特使の起用を発表した。

一方、ゼレンスキー大統領は、新たな決断を表明。ロシアによる占領地は「外交的に解決する」として、一時的に領土奪還を断念してでも、停戦への交渉を優先する姿勢を明確にした。“戦場の論理”がウクライナに迫る方針転換。しかし、対ロシア“封じ込め”策の模索は続く。

1)停戦実現へ…動き出すトランプ氏 担当特使の起用を発表

トランプ氏がウクライナでの停戦に向けて動き出した。「特使」のポストを新設し、キース・ケロッグ退役陸軍中将を起用すると発表。ケロッグ氏は、トランプ前政権でペンス副大統領の補佐官を務め、国家安全保障問題を担当していた。

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ケロッグ氏は大統領選中にトランプ氏に停戦案を提示しており、トランプ氏も好意的な反応を示したという。その内容は以下の通り。

●ウクライナに和平協議に応じなければ、アメリカの武器提供を止めると圧力をかける
●ロシア側が交渉を拒否すれば、ウクライナへのアメリカの支援を強化すると警告する
●ウクライナのNATO加盟を長期間先送りにする約束と引き換えに、和平協議をロシアに迫る
●現在の戦線に基づいて戦闘を停止する

ケロッグ氏は、4月の論文でこう指摘している。

「4月に米議会が承認した610億ドル(およそ9.1兆円)の援助パッケージとEUからの軍事援助は、ウクライナが現在の戦線を維持するのに役立つかもしれないが、それはさらに何千人ものウクライナ兵士の命と数十億ドルの軍事援助を犠牲にすることになる。これらの高額な費用を支払っても、ウクライナがロシアから領土を奪還できる見込みはほとんどない」

トランプ氏が就任前のこの時期にケロッグ氏の起用を発表したことは、停戦実現に向けた強い意志の表れなのか。駒木明義氏(朝日新聞論説委員)は、以下のように分析した。

かなり本気で考えていると思う。ケロッグ氏は、停戦後も、防衛線を守るためにウクライナに軍事的な支援をしなければいけないと言っている。トランプ政権内の一部にあるような、全ての支援をやめてしまえというような乱暴なことは言っていない。彼は軍事のプロなので、そこはわかっている。少なくとも戦線を支えるための支援は続けていく。あるいは、停戦の見返りとして、アメリカのロシアに対する制裁を部分的に解除して、最終的に全部解除するなど、色々なこと考えている。

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2)停戦への和平協議は… ゼレンスキー大統領“新たな決断”表明

2)停戦への和平協議は… ゼレンスキー大統領“新たな決断”表明

ウクライナ、ロシアの両国は、停戦に向け和平協議のテーブルにつくのか。渡部悦和氏(元陸上自衛隊東部方面総監)は、両国ともに交渉の場につかざるを得ない状況と分析する。

トランプ氏側からウクライナに対しては、和平協議に応じなければ武器提供をやめるぞという脅しがある。ロシアに対しては、和平協議を拒否すればウクライナへのアメリカの支援を強化するとまで言っている。ウクライナ側も8月6日、ロシアのクルスク州にいちかばちかの越境攻撃をし、そのために、ウクライナの東部での戦線は非常に不利な状況となった。これ以上戦うことができるかどうかという瀬戸際に追い込まれている。ロシア側も、経済が今、大変な状況になっている。シリアでも、同国第2の都市アレッポが反政府勢力に占領されて、プーチン大統領が仕掛けた様々なことが裏目に出ている。どん詰まりの状況だ。

トランプ氏が停戦実現に向けて動き出す中、ウクライナのゼレンスキー大統領がロシアに占領されている地域について、新たな決断を表明した。

ゼレンスキー大統領は「戦争の激化を止めたいのであれば、我々が管理しているウクライナの領土をNATOの傘下に置く必要がある」「そうすればロシアが占領しているウクライナ東部について外交的に領土を取り戻すことができるだろう」と述べた。

NATOの関与が認められれば、停戦のために、ロシアに占領されている地域を一時的に放棄する可能性に、初めて言及したのだ。 

駒木明義氏(朝日新聞論説委員)は、ゼレンスキー氏の発言を以下のように分析した。

ゼレンスキー大統領は、今年の夏以降、こういう考え方を匂わせてはいた。つまり、領土を全て武力で奪還することを当面は断念してでも停戦に持ち込んで、残った領土をNATOに加盟させる、あるいは、それに準ずるような形で守ると。例えば10月に公表した『勝利計画』では、以前の『平和の公式』に書かれていた「全領土からのロシア軍の撤退」は言っていない。それを求めるとトランプ氏が受け付けないので、とにかく停戦しようと。短期的には、ウクライナの全領土からロシア軍を実力で追い出すという道は描けない。そういう中で、当面、NATOあるいはその同盟国に守ってもらって、将来的な課題としてロシアの占領を何とかするという道を模索し始めている。

しかし、駒木明義氏(朝日新聞論説委員)は、両国の停戦条件に大きな隔たりがあると指摘した。

大きな問題があって、ロシア側はウクライナのNATO加盟は全く認めないという姿勢を鮮明にしている。プーチン大統領はよく、「中立化」という言葉を使うが、これは「無力化」、「息の根を止める」ことを意味する。つまり、ウクライナ側の武装解除という形でしか、ロシア側は停戦を受け入れないと。ゼレンスキー大統領も非常に重い言葉で語ってはいるが、プーチン大統領の思い描いている停戦とは、非常に大きな隔たりがある。

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3)“全領土の奪還”一時断念でも… 対ロシア“封じ込め”の秘策は?

3)“全領土の奪還”一時断念でも… 対ロシア“封じ込め”の秘策は?

渡部悦和氏(元陸上自衛隊東部方面総監)は、ゼレンスキー大統領が停戦にあたっては「NATOの傘下に」と述べ、必ずしも「NATO加盟」とは言っていないことに注目。停戦実現のカギを以下のように分析をした。

トランプ氏は「力による平和」ということをずっと言っている。「力による平和」というのは、まさにゼレンスキー大統領が言った「ウクライナが強くなければならない。力がなければ、停戦しても、また侵略されてしまう」という発言と重なる。加えて、ゼレンスキー大統領は、軍事力と外交力によって問題を解決すると言っている。ウクライナの領土を「NATOの傘下」に置く必要があると。これは非常に重要だ。
ゼレンスキー大統領も即座にNATO加盟できるとは思っていない。そこで、NATOに加盟したのと同じ効果があることをやろうと。停戦合意できたならば、現在の接触線から幅を取って、停戦ラインと緩衝地帯を作り、緩衝地帯の両方に停戦監視団を置くことになる。その際、ウクライナ側にNATO主体の停戦監視団を置いてしまえば、これはまさにゼレンスキー大統領が求めているウクライナの安全保障になる。実質的にNATO軍がウクライナの安全を守ることになる。NATO中心の停戦監視団、あるいはNATO中心の軍事顧問団のような方式をとれば停戦できるというのが、ゼレンスキー大統領の考えではないか。

駒木明義氏(朝日新聞論説委員)は、ロシア側には停戦をする気配がないと指摘し、その理由を以下のように分析した。

今、攻勢をかけていて、しかも優位に進めているという中で、プーチン大統領にしてみると、アメリカの言うことを聞いて停戦するというシナリオはやはり受け入れにくい。彼の論理では、ロシアはアメリカ・欧米と闘っている。さらに、NATOあるいは欧米が入ってきて、ウクライナを守るような形での停戦というのは、明確にこれまでも否定を繰り返している。7月にも言っていることだが、停戦期間を利用してウクライナが態勢を立て直すようなことは認められないと。そうならないような保証が停戦協議の前提として必要だと言っている。これが冷徹な現状だ。

末延吉正氏(ジャーナリスト/元テレビ朝日政治部長)は、日本がどのようにこの局面に対処をしていく必要があるかについても言及した。

サラエボやボスニアを取材したことがある。停戦監視ではムスリム側にNATO、もう一方の側にはロシア軍が入っていた。今回、軍人出身のケロッグ氏が起用されることは、停戦に向けた可能性がどこにあるのか、これから水面下で積み上げていくということだ。石破政権は、日米同盟を固めながら、中国とどのように話を進めるかが大切になる。一方で、ウクライナに対しては、日本得意の地雷原の除去など、どんどん独自に貢献をしていく。そういう姿勢で、クールに全体を見ていく必要がある。

<出演者>

駒木明義(朝日新聞論説委員。モスクワ支局長などを歴任。クリミア併合を取材。近著に「ロシアから見える世界 なぜプーチンを止められないのか (朝日新書)」)

渡部悦和(元陸上自衛隊東部方面総監。安全保障政策や防衛戦略などの情勢に精通。著書に「プーチンの超限戦?その全貌と失敗の本質 (ワニプラス)」)

末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。永田町や霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題にも精通)

(「BS朝日 日曜スクープ」2024年12月1日放送分より)

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