中国で相次ぐ無差別殺傷事件。11月だけで広東省・珠海市で男が車を暴走させ35人が死亡。江蘇省・無錫市の専門学校で21歳の男が刃物で切りつけ、8人が死亡。さらに湖南省・常徳市の小学校前で車が児童らを次々とはねるなど相次いで事件が起きている。中国政府は社会の動揺を防ぐため、市民に対しトラブルを起こしそうな人を監視し通報するよう呼びかけるなど統制を強めている。事件の背景には何があるのか?監視の強化は問題の根本的な解決に繋がるのか?

元人権派弁護士 王全璋氏

相次ぐ事件について、そして中国政府の方針について意見を聞いてみたい人がいた。王全璋(おう・ぜんしょう)氏。冤罪事件や宗教弾圧など、中国政府にとって好ましくない裁判で弁護士を務めたことから2015年、身柄を拘束され「国家政権転覆」の罪で懲役4年半の実刑判決を受けた。2020年に出所した後も当局の監視下におかれている。弁護士資格もはく奪された。それでもなお、社会で困窮している人、底辺の人々の法律相談に乗るなど、人々に寄り添う活動を続けている。

相次ぐ無差別殺傷事件 背景にあるのは「社会的弱者に対するセーフティーネットの不在」

Q 一連の無差別殺傷事件の背景に何があると思いますか?

「事件の背景は非常に複雑です。中国の社会的対立がますます深刻化している上、経済が低迷し、多くの人が失業し不安を抱えています。こうした人々を助けるための社会的制度が無いので、社会に報復するために極端な手段に訴えるのです」

「私はこれまで、中国には社会的弱者のためのセーフティーネットがあると思っていました。だからこそ、私たち法律家は司法制度を通じて弱者を助けたいと願っていました。しかし、このような事件が続き、司法による解決だけでは不十分だと感じるようになりました。今は司法制度が本当に弱者を救うために有効なのか疑問を持っていますし、私自身無力感があります。犯罪を犯した人たちも司法制度が自分たちを救ってくれないと感じるからこそ、怒りを発散したり復讐のために極端な方法を使うのかもしれません」

Q 社会的弱者に対するセーフティーネットが足りないため、相次ぐ事件が起きているということですか?

「車で歩行者をひき殺す事件がここ数年増えているのは、社会に絶望している人が増えているためです。以前もナイフを使って人を殺すという事件はありましたが、今は車を使う犯罪が増えています。車を持てるくらい経済状況が良い人たちが、なぜここまで極端な犯行に及んでしまうのか?それはここ数年の中国の経済不況が大きく関係しています。つまり、ある程度恵まれていた人たちが経済的破綻に追い込まれているのです」

「中国には企業の破産法はありますが個人の破産法はありません。広東省深圳市では試験的に個人破産制度を導入し始めていますが、全国には広がっていません。また巨額の負債を背負い、絶望する人たちをサポートする人や団体も有効な手立てを打つことができていません。なぜならサポートをする側の人々も政府に管理され弾圧されているからです。 このような状況では何の支えもなくなった人が、極端なことをするのは明らかです。絶望した人々は希望、正義、安らぎを持てず、その感情をあらぬ方向に発散させていくしかない、というのがいまの中国の社会システムなのです」

Q 広東省・珠海市の車暴走事件を起こした男が犯行に及んだ理由は、前妻との財産分与の問題、また中国の司法に対する不満があったのではないかという指摘もありますがどう思いますか?

「私の経験上、市民の司法に対する不満は非常に大きいと思います。 しかし、珠海の事件が当局の発表通り離婚後の財産分与や裁判の判決への不満が動機であるのか、あるいは個人の恨みや復讐のために多くの人をひき殺したのかはわかりません。その答えを知るためには、さらなる情報が必要です」

Q 当局はもっと情報を公開すべきだと思いますか?

「そうです。断片的な情報ではなく、人々が総合的な判断を下せるような、複数の関係者による情報発信や公式な情報公開があるべきです。中国ではメディアが被害者の名前、遺族の状況、犯人の人となりやその動機を取材することができないため事件の背景が全くわからず明確な判断をすることができないのです」

事件を起こすのは「死を恐れない人」市民の相互監視は「効果は無い」 

Q 市民の管理を強化することでリスクをコントロールするという中国政府のやり方をどう思いますか?

「政府は社会に対する抑圧的な統制を強化することで事件を防ごうとしていますが、極端な手段を取る人々は死を恐れず、むしろ自ら死に向かって突き進んでいるわけですから効果は無いと思います。また、押さえつけるような方法にたとえ効果があったとしてもそれは表面的なものにしか過ぎません。 中国には『表面だけを治し、根本を治さない』ということわざがあります。表面的にはコントロールされているように見えても、根本的なことは変わっていないのです。なぜこれほど多くの過激な事件が次から次へと起こっているのか、深く分析し対処法を見つける必要があります。しかし政府はそう考えないでしょう。事件報道を許さず、ネット上の関連ニュースを必死に削除し、情報に蓋をするようなやり方をしていますが、それでは社会が事件について反省することはできません」

「中国で政治闘争が非常に激しかった時代の『楓橋(ふうきょう)経験』をご存知でしょうか。 かつて町内会、村などで黒五類(地主、富農、反革命分子、犯罪者、右翼)と呼ばれた人が袋叩きにあっていました。市民たちがこのような『反革命的』とされた人たちを監視することがありました」

※「楓橋経験」とは1960年代、毛沢東(もうたくとう)時代に行われていた治安維持運動のこと。住民をお互いに監視させ、治安維持にあたらせる。住民同士のトラブルやいざこざは大きくなる前に現場で解決せよという指示。中国政府は現在、新しい時代の「楓橋経験」を堅持し発展させるように、と指示を出している。

「私は相次ぐ無差別殺傷事件に対して、監視を強化することで問題解決ができるとは思えません。当局の事件に対する反応をみるかぎり、彼らは投資に失敗したり、家族関係に失敗した人たちを取り調べることで、事件の根本を解決しようとしています。また、刑務所の規模を拡大しているという話もあり、さらに厳しい取り締まりをしようとするかもしれません。私は「楓橋経験」のような、人々を相互監視させるような方法は必ずしも効果が無いと思います。当局は私に行っているように市民を監視するのかもしれませんが、暴力や極端な手段に訴える人たちには何の意味も持ちません」

取材後記

中国のSNS上ではいま「三低三少」というキーワードが話題になっている。「三低」とは所得、社会的地位、社会的人望が低い人。「三少」とは人付き合い、社会と触れ合う機会、不満を口にできる機会が少ない人を意味する。つまり所得水準が低く、社会から孤立する「三低三少」の人々はトラブルを起こす可能性が高いので地域住民は積極的に通報し、地域の安全をみんなで守ろう。そうすれば、凶悪事件を根絶できる、ということだ。しかし王氏が指摘したように、自暴自棄になって「死を恐れずに自ら死に向かって突き進む」ような犯罪者を止める有効な手段にはならないだろう。「所得が低く、社会的な繋がりが弱いから、あいつは犯罪者予備軍だ」と地域住民が通報し合い、監視するような息苦しい世の中は社会的弱者をさらに追い詰めるものになるのではないか、と感じる。

別れ際、服役を終えて4年以上経ってもなお、24時間監視され、当局から数々の嫌がらせを受け続ける王全璋氏は冗談混じりにこう言った。

「当局は何年かしたら、私のように理性的に話せる相手を懐かしく思うかもしれませんね。なぜなら、無差別殺傷事件を起こすような犯罪者に話は通じませんから」

相次ぐ無差別殺傷事件で社会不安が増大している中国。経済不況から抜け出せず社会の閉塞感が強まる中、どのように問題解決を図っていくのか。中国政府には王全璋氏の言葉にも耳を傾けて欲しいと心から願う。

JNN北京支局 室谷陽太 

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