ブレア元英首相は現在も中東和平に取り組んでいるという DAVID CUMMINGS

<ガザ戦争、イラン、米大統領選、中国、ロシア、ウクライナ、国連......精力的に活動を続ける元英首相がいま考えること>

イランは「中東の不安定の源」だ──元イギリス首相のトニー・ブレアは本誌のインタビューでそう語った。ブレアによれば、中東地域に安定をもたらす上でカギを握るのは、宗教的寛容がイスラム主義に勝るようにすることだという。

その点、イランはパレスチナのイスラム組織ハマスやレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラなどの代理勢力を通じて革命を輸出しようとしていると、ブレアは批判する。

この2つの武装勢力は、昨年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃──ナチスのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)以降で最も多くのユダヤ人の命が失われた出来事である──の後、イスラエルによる激しい攻撃の標的になっている。


ブレアは、1994年にイギリス労働党の党首になり、97年に首相に就任。その後、2007年まで首相を務めた。在任中は、03年のイラク戦争にイギリス軍を投入した決定に関して国内外で批判を浴びた。

首相退任後は、イスラエルとパレスチナの和平仲介を目指す「中東カルテット」(国連、アメリカ、EU、ロシアの4者で構成)の特使を15年まで務めた。

16年には、「トニー・ブレア・グローバル・チェンジ研究所」という非営利団体を設立。世界で拡大しつつある権威主義的なポピュリズムに抗することが目的だという。この9月に上梓した新著『リーダーシップについて(On Leadership)』では、自身の経験を基に今日のリーダーに向けた指南をつづっている。

ブレアの新著『リーダーシップについて(On Leadership)』 COURTESY OF CROWN PUBLISHING

本誌グローバル編集長のナンシー・クーパー、デジタル出版担当副社長のクリストファー・ロバーツ、コンテンツ・ディレクターのバーニー・ヘンダーソンが、米大統領選が間近に迫っていた10月、ロンドンでブレアに話を聞いた(インタビューの内容には、誌面の制約と明瞭性の確保のために編集を加えてある)。

◇ ◇ ◇

──あなたは最近、中東和平は実現可能だと語っている。その考えは現時点でも変わっていないか。


変わっていない。私は数週間前にもイスラエルを訪れた。首相退任後で271回目だと思う。私は(中東を)とてもよく訪れている。こうしたことを25年以上続けてきた。

このテーマは、2つの異なる視点で見るべきだと思う。まず、パレスチナ自治区ガザやレバノン、そしてイランなど、目の前の危機に目を向けなくてはならない。そしてその上で、「中東の全体像はどうなっているか」を問う必要がある。中東に希望があるかどうかは、そうした全体像次第だからだ。

その全体像で重要なのは、中東の国々が宗教的寛容性のある社会に転換できるかどうかだと思う。宗教的寛容性のある社会とは、政治と宗教を一体化させない社会のことだ。

もう1つ重要なのは、近代的な経済を築けるかどうか。若い世代が経済面で現代世界の一員だと感じることができるようにし、ルールに基づく、活力ある経済をつくり、起業家精神の持ち主がビジネスを始めて成功できるようにするべきなのだ。

ブレアは新著で、中国とロシアの連携強化が国連の機能不全を招いているとする一方、全てを欧米の視点で解釈することの危険性も指摘している(今年5月のプーチン訪中歓迎式典) SERGEI BOBYLEVーSPUTNIKーPOOLーREUTERS

いま中東の至る所で、こうしたことをめぐる戦いが続いている。いつも言っていることだが、この点に関してはイスラムとイスラム主義を区別して考えなくてはならない。イスラムは宗教だが、イスラム主義は、宗教を政治イデオロギーに転換する考え方だ。そのような政治イデオロギーは必然的に、全体主義的で、排他的で、基本的に経済の面で遅れたものになる。

最終的には、人間の精神が中東を近代化に向けて突き動かすだろうと、私は考えている。問題は、そうした動きを後押しするために欧米ができることはあるのかという点だ。近代化を推進しようとする勢力を支援すること──それがわれわれの行うべきことだと思う。


イランの影響力も明確に認識する必要がある。(イスラム教シーア派の)イランとスンニ派のムスリム同胞団が協力し合うことなど、本来はあり得ない。ところが、欧米との戦いでは両者が足並みをそろえる。

──あなたの著書では、中国とロシアが連携を強めている結果、国連が機能不全に陥っていると記している。国連の未来はどうなると思うか。国連が以前のような影響力を取り戻すことはできるのか。

私は中国を孤立させようとしたり、中国との関わりを断とうとしたりすることには反対していた。中国には、超大国になり、世界の舞台で経済と政治の両面で影響力を振るう権利が全面的にあると思うからだ。

戦禍が広がるウクライナに対しても欧米の支援が重要だとブレアは説く NIKOLETTA STOYANOVA/GETTY IMAGES

問題は、どうしてそんな行動を取ったのか私には理解できないのだが、中国がロシア、イラン、北朝鮮と連携したことだ。このグループに加わる国が続々と登場することなどあってはならない。中国がそうした選択をした結果、国連では(安全保障理事会の)2つの常任理事国がほかの3つの常任理事国と対立する図式が出来上がってしまった。

私が思うに、中国を孤立させることができない、そして孤立させるべきではない理由は、中国には影響力を行使する権利があること、そして、中国の力が必要とされる問題がいくつもあるという点にある。

具体的には、気候変動や世界規模の公衆衛生問題、経済、そして(ロシアやイラン、北朝鮮などの)グループのほかの国々の行動をコントロールすることなどだ。
とはいえ、このような政治的な対立がある状況で国連が機能できるとは考えにくい。


ただ、中国についてはおおらかな目で見守る必要もあると思う。49年の建国以来、中国は大きな変貌を遂げてきた。現在に至るまでの道のりは一直線ではなかったのだ。共産党が何もかも動かそうとした時期もあれば、文化大革命もあった。改革開放の時代もあった。

私が今、中国の指導者だったとしても、今後に向けてどのような戦略を取るのが正しいのか確信を持てずにいるだろう。中国は偉大な文明を持ち、非常に優秀な人材がいる。欧米から孤立することが、中国にとって本当に利益になるのか。

欧米にとって重要なのは、中国とのコミュニケーションを維持すること、そして中国の立場になって世界を見ることだと思う。全てを欧米の視点で解釈するのは危険だ。

──あなたはロシアのウラジーミル・プーチン大統領にどう対処したのか。欧米は今、どのようなアプローチを取るべきなのか。

個人的には、プーチンは昔と変わったと思う。私が初めて会ったときのプーチンは、とてもオープンで、欧米と関係を築きたがっていた。ロシアでさまざまな国際会談が開かれたのも、ヨーロッパに開かれたサンクトペテルブルクだった。


当時は決まって、現代の大国ロシアの世界における位置付けが話題になった。ロシアがEUに加入することの可能性さえ話題になった。ロシアはNATO首脳会議に招かれていたし、G7はロシアも加えたG8だった。私の首相退任時もG8だった。従って、欧米がロシアを仲間外れにして、孤立させようとしたという主張は誤りだ。むしろわれわれはいつも、ロシアを欧米に縛り付けておく方法を考えていた。

だが、最終的にプーチンは経済の近代化を断念して、ナショナリズムを選んだ。経済改革に行き詰まった国は、たいていそういう道を選ぶものだ。さらにプーチンは、ロシア帝国の復活を考えるようになった。そんなことは不可能なのだが。ウクライナは、そんなロシアに同調することもできた(がしなかった)。プーチンにしてみれば、どうしてなんだと思っただろう。

──ウクライナは勝てるのか。

「勝つ」をどう定義するかによる。何より重要なのは、この戦争を、ロシアの侵略に報いるような形で終わらせないことだ。従って、(ロシアとウクライナが何らかの)合意を生み出せるように、欧米諸国がウクライナにあらゆる支援をすることが重要だと思う。

第1次、第2次大戦のような(勝者と敗者が明確になる形の)終わり方にはならないだろう。そのことが分かっていれば、何らかの合意を生み出せるだろう。ただ、その交渉をウクライナが強い立場で進められることが重要であり、だからこそわれわれはウクライナを支援しなければならない。

──米大統領候補討論会で、民主党候補のカマラ・ハリス副大統領は、アメリカはウクライナの勝利を望んでいると述べたが、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領は明言しなかった。彼は間違っているのか。


今後によるだろう。ただ、ロシアが(ウクライナとの戦争に)勝ったと思わせるような終わらせ方を望むアメリカ大統領はいないだろう。そんなことになれば、アメリカのパワーに対する中国の見方にも大きな影響を与える。

(ハリスとトランプの)どちらに勝ってほしいか、あるいはアメリカの選挙についてどう思うかと聞くつもりなら、やめてほしい。私は話したくない。どうなるかは誰にも分からない。

それにどちらが勝ったとしても、イギリスの首相はその人物と協力していくしかない。元首相も同じだ。私がアメリカの歴代大統領について学んだことは、選挙戦での発言ではなく、実際に何をしたかによって評価するべきだということだ。

──中東和平の2国家解決策にはまだ希望があるのか。また、正しい目標なのか。

正しい目標だと思うが、それなのに実現しない理由を現実的に考える必要があると思う。(イスラエルとパレスチナの)双方の政治が2国家解決策につながる状況になければ、実現はないだろう。


隣り合って暮らしている人たちが対立しているとき、解決策は2つしかない。1つは和平を結ぶことだ。イギリスは北アイルランドでこれを実現した。もう1つは、強いほうが弱いほうを管理すること、抑え付けることだ。でも、いつまで? 永遠に? そう、この2つ目の解決策は永遠には続かない。

だから私は長年、中東諸国を訪問して、「これでは(一方がもう一方を抑え付ける方法では)状況は改善しない。きちんと解決しなくてはいけない」と、多くの指導者たちに訴えてきた。

だが彼らの反応は決まって、「もうパレスチナ問題について話しに来るのはやめてくれ」というものだった。「あまりにも(解決が)困難だ。われわれにはほかにやることがある」と言うのだ。

だが、私は引き下がらなかった。「これは本当に重要なことだ。(パレスチナ問題は)この地域のさまざまな問題の原因ではなく、この地域で問題を起こしたい連中が、もっと多くの問題を起こすために利用しているにすぎないのだから」と。

この問題を解決するためには、イスラエルの人々が自分たちと隣り合って暮らしている人々を文化的に受け入れるしかない。彼らは今そうしているだろうか。

いや、イスラエル人とパレスチナ人の間には大きな断絶がある。イスラエル人はパレスチナ人を信用せず、パレスチナ人はイスラエル人を信頼していない。そのため、パレスチナ人は喪失感や屈辱感や怒りを抱き、イスラエル人は相手が自分たちを破滅させたがっていると感じている。


その結果、国境の線引きをめぐる交渉が泥沼化する。こうした状況は全て、双方が実際に受容し合っていると感じる環境をつくり出せば解決しやすくなるだろう。だが、そういう環境がなければ、これらの合意は決して長続きしないだろう。

北アイルランドのケースでは、(プロテスタントでイギリス連邦との統一維持を支持する)ユニオニストに、イギリスにとどまるならカトリック系住民も対等に扱うことを最終的に受け入れさせた。それがユニオニスト側の大きな譲歩だった。

一方、(カトリックで強硬なアイルランド統一派の)リパブリカンと(アイルランドへの統合を望む)ナショナリスト側の大きな譲歩は、北アイルランドの住民投票で過半数がイギリスからの独立を選択しない限り、北アイルランドはイギリスにとどまるというものだった。

さらに、この2点を軸に恒久的停戦状態で交渉を続けることでも合意した結果、暴力がなくなった。それでムードが大幅に改善したのは言うまでもない。合意に達することは不可能ではないのだ。

実際、国際社会のほとんどの人々は「2国家共存」が正しい解決策だと少なくとも考えてはいる。つまり、合意済みの目標はある。問題は、2国家解決策が可能だとイスラエルとパレスチナ、それに中東が考える環境をどうつくり出すかだ。それにはまずガザから着手しなければならないだろう。

ガザでの戦争を止める必要があり、戦争を止めるにはイスラエルがガザを統治すべきではなく、ハマスがガザを統治すべきでもない、と合意する以外にない。


もちろんアメリカは合意する。だが当事者(イスラエルとパレスチナ)は合意しそうにない。それでもいずれは合意すると思う。合意した場合、次に取るべきステップは何か。

欧米あるいは当事者の次なるステップとして望ましいものの1つは、合意後に誰がガザを統治するかについて計画を策定し、人質を解放すること。そして、(ガザ住民の)状況(改善)に取り組む。私はイスラエルを強く支持しているが、ガザの人々が置かれている状況は明らかに絶望的で違法だ。そうした状況を終わらせなければならない。

──アメリカは影響力にものをいわせてイスラエルに圧力をかけるべきだと思うか?

そう思うが、単にイスラエルに圧力をかければ済む問題ではない。双方がフェアだと思える計画が必要だ。計画ができたら、どうすれば適切な「処方箋」を作れるか考えられる。


アメリカは自ら望めばこれらのことができる影響力を常に持っている。私が不思議に思うのは、アメリカが妙に自信を失っていることだ。アメリカはこの数年で危機を乗り越えてきたと思うし、間違いなく世界一の強国だ。問題はその力をどう使うかだけだ。

アメリカの軍隊は世界でも群を抜いて最大かつ最良で、経済は最も回復力がある。天然ガス産出量は世界最大、主要なIT企業は全てアメリカの企業だ。

アメリカは大変な強国だ。どの国も遠く及ばない。

打開策はあると私は確信している。(暫定自治に代わる)案がなければ──イスラエルもハマスもガザを統治すべきではないので──ガザは完全な無政府状態に陥り、そうなったら非常にまずいだろう。

──イスラエルがイランの代理勢力を弱体化させている結果、世界はその目標に近づくと思うか。

中東の情勢不安はイランの活動に起因している。私の考えでは、それについては疑いの余地がない。イランの国民は私たちにとって問題ではない。イランは偉大な文明国であり、素晴らしい才能を持つ人々もいる。アメリカやイギリスに渡って偉業を成し遂げている人も多い。

だがイランは革命を輸出すべきだと信じ、そのために代理勢力を利用している。レバノンをヒズボラから解放する必要がある。

つまり突破口が必要で、だからこそサウジアラビアとイスラエルとアメリカの交渉再開が非常に重要なのだ。交渉再開はイラン側の勢力に抵抗できるという自信につながる。結局、彼ら(イラン側の勢力)の狙いはイスラエル壊滅だ。しかし、それは実現不可能なので、絶えず紛争状態を生み出そうとしているのだ。

だから私は、欧米の進歩的左派の一部が、パレスチナ支持を主張しながら実際はイスラム主義のイデオロギーの影響を色濃く受けている人々と手を組んでいるのを見ると警戒する。そんなイデオロギーには進歩的なところなど全くない。それどころか女性を抑圧し、宗教法にのっとった司法制度が必要だと主張する。そんな暮らしを誰が望むだろう。


──イランの核兵器獲得はどのくらい危険だと思うか。

イランは核兵器を獲得するべきではない。核兵器獲得を確実に阻止するためにアメリカやイスラエルが何をするべきかは明らかだ。イランの核兵器獲得は世界にとって非常に危険で、中東での核軍拡競争に火を付けるだろう。それは確実だ。

【トニー・ブレア本誌インタビューの模様】

Tony Blair Sits Down With Newsweek To Discuss Middle East, Putin And More - YouTube

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。