フィリピンの補給船(右)を放水銃で追い払おうとする中国海警局の船(5月4日、南シナ海)  REUTERS

戦略的に重要な南シナ海での影響力を高めるために中国が10年以上にわたって仕掛けているハイブリッド戦は、ますます攻撃性を増している。トランプ次期政権にとって、こうした中国の姿勢に対峙することが課題の1つであることは明白だ。

習近平(シー・チンピン)国家主席が掲げる「中国の夢」は、南シナ海での支配を確立し、世界経済のハブとなりつつあるインド太平洋地域でのアメリカの優位性を終わらせることに懸かっている。中国は目的達成のために威圧的な戦術を取ることを躊躇していない。


ここ数年、南シナ海で中国と領有権を争うフィリピンやベトナムなどの船は、中国の船による衝突や放水砲、果ては刃物による襲撃などに見舞われた。天然資源の採掘を行う船も嫌がらせを受けている。

フィリピンと相互防衛条約を結ぶアメリカが中国を抑制すべく行動を起こすとみる向きもあるかもしれない。しかし最近3代の大統領たち──オバマ、トランプ、バイデン──は、形ばかりのアクションを起こすだけだった。2012年に中国がフィリピンからスカボロー礁を奪って実効支配した時も、オバマが中国をいさめることはなかった。

アメリカがフィリピンに対する防衛義務を怠ったのはこの時が初めてではない。1995年、南沙諸島のミスチーフ礁を中国が占拠するのを阻止するようフィリピンが求めたが、当時のクリントン大統領は、米軍の駐留延長をフィリピン上院に拒否されて1992年に同国から米軍が撤退していたことを受けてこれを拒否。ミスチーフ礁は現在、中国の重要な軍事拠点となっている。

罰を受けない中国はどんどん大胆になっている。習は埋め立てを進め、南シナ海に7つの人工島を含む1300ヘクタールの土地を造成。中国がフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内における支配を強め、フィリピンの安全保障を損なっているにもかかわらず、アメリカは「鉄壁な」防衛義務を行使していると強調し続けている。


バイデン政権は2023年10月、第三者が南シナ海でフィリピン軍や沿岸警備隊、航空機、公船に攻撃した場合は、米比相互防衛条約の対象になると明言した。しかし中国は処罰されないままだ。

アメリカの言葉と行動にギャップがあるのはなぜなのか。何よりアメリカが恐れているのは、同国の資源や関心がウクライナや中東での戦争に集中するなかで中国がエスカレートすることだ。それに、自国に関係のない南シナ海の領有権争いに関与したくないのだ。尖閣諸島の日本の主権についても、アメリカは見解を示していない。

もっともアメリカは、尖閣諸島が日米安全保障条約の適用対象であることを明らかにしている。フィリピンに対しても同様であるべきで、フィリピンの支配下にある地域の変更を強いるいかなる試みも相互防衛条約の適用対象となることを明言すべきだ。

アメリカが同盟国のために立ち上がるのなら、この10年の間にアメリカが使用権を得たフィリピンの海・空軍基地9カ所を利用することができる。もしアメリカが立ち上がらなければ、中国は南シナ海の支配を強め、豊富なエネルギー源や漁業資源を独占し、非友好的な国に罰を与えるだけの力を得るだろう。


中国の勢いは南シナ海だけでは終わらないはずだ。中国はこれまで東シナ海からヒマラヤ山脈、小国のブータンに至るまで、脅しや嫌がらせ、奇襲などさまざまな手を駆使して覇権を拡大させてきた。「いじめっ子」中国を阻止する唯一の方法は、匹敵する力を持つ挑戦者が立ち向かうことだ。挑戦者たるアメリカは、まずフィリピンを守ることから始めるべきである。

©Project Syndicate


ブラマ・チェラニ
BRAHMA CHELLANEY
インドにおける戦略研究・分析の第一人者。インド政策研究センター教授、ロバート・ボッシュ・アカデミー(ドイツ)研究員。『アジアン・ジャガーノート』『水と平和と戦争』など著書多数。

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