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<西欧諸国や日本では「独裁者」のイメージが強いプーチンも、ロシア国内では意外に支持を集めている。背景にはロシアの歴史や民族性から成る「ある国民気質」が──>

プーチンが国民からの反発を受けつつも長期政権を維持できるのはなぜなのか。

外務省時代から今まで世界97カ国でさまざまな国の人とビジネスや交流を行ってきた山中俊之氏はその背景として「ロシアの人々が『強権的なリーダーを求める3つの理由』がある」という。

山中氏が「政党」を切り口に世界情勢を解説する『教養としての世界の政党』 (かんき出版)より、一部を抜粋・再編集して紹介する(本記事は第1回)。

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プーチン大統領はなぜ支持されるのか?

プーチン大統領は、なぜ、これほどまでの長期政権を維持できるのでしょうか?

過去を見てみれば、旧ソ連のゴルバチョフ書記長は、「ペレストロイカの立役者」として日本や西側諸国では評価されていますが、ロシアにおいては「ソ連を崩壊させたとんでもないやつ」という、売国奴に近い存在とみなす人もいます。

拘束こそされなかったものの、職を解かれたあとは民族主義者のエリツィン大統領に追い出され、与えられたのは簡素な住まい。要職にあった人物とは思えない粗末な扱いです。

エリツィン政権のおよそ10年間は、国家体制の激変後とあって国内は大混乱。私も当時のモスクワに行きましたが、治安が悪くて街中が暗く、人々はピリピリしていました。ホテルにいても安心できず、地下鉄に乗っていても雰囲気が殺伐としていたのを今もよく覚えています。

エリツィンが追われるように政権を去り、2000年代にプーチン大統領が誕生すると、資源重視の経済政策をとり、石油や天然ガス、ダイヤモンドといった資源の価格高騰で経済が良くなりました。

ロシアによるウクライナ侵攻の中、寒さの厳しいEU諸国が冬の到来に怯えていたのは、ロシア産エネルギーに頼っていたからです。

「エリツィンの混乱時代より暮らしは良くなった」
「プーチン、よくやってくれたな!」

暮らしが潤えば素朴に感謝する市民はいたでしょうし、今もいるでしょう。彼らがプーチン大統領を支持していても何ら不思議はありません。その後のロシアは経済発展していきますから、なおさら人気につながったと言えます。

ロシアは、後述するように、ロマノフ王朝からソ連、さらにソ連崩壊後まで歴史的に強権的な政治が続いてきました。プーチン氏の強権政治もこの系譜に属するものです。

ロシアには、オリガルヒと呼ばれる財閥があります。権威主義的な政府と結託して、暴利をむさぼってきました。

しかし、プーチン氏の政治に批判的な言動を行ったオリガルヒのトップは、国外追放や逃亡、殺害などの憂き目にあっています。現在オリガルヒは経済ビジネス的にはともかく、政治的な影響力については限定的と言えそうです。

プーチンを支持するロシアの人々は意外と多い

新たな政党が擁立される気配はなく、プーチン大統領による強権政治には終わりが見えていません。ウクライナ侵攻に陥ってもなお、プーチンについていくロシアの人々。

無論、反対勢力もいますが、「プーチンがいい」という人は意外と多いのです。この辺りは、日本や西側のメディアばかりを見ていてはわかりづらい点です。

このように強権政治が続く理由を、プーチン側ではなく「ロシアの歴史や民族性」という視点でも考察してみましょう。

<権威主義ロシアである理由1:強いリーダーを求める皇帝型支配>

理由その1として、徹底的に強いリーダーを求める皇帝型支配の気質があると私は考えます。

日本や西側の価値観から見れば「プーチンは独裁者だ! けしからん!」となりますが、ロシアには強権的なリーダーを求める歴史的な国民気質があります。

西欧から見ると辺境にあるロシアは、もともと「北の外れにある後発国」で「ヨーロッパの辺境」とみなされていました。現代の価値観からすると差別的ですが、17世紀頃までのヨーロッパの見方は、まあ、こんなものでした。

さらに非常にたくさんの国に囲まれているという地理的条件もあり、いつ地続きの西欧列強やすぐそばのスウェーデンなど北欧諸国に攻められるかわからないと、外圧に怯えてきたのです。

怯えは現実となり、ナポレオンやナチスに侵略されていますし、ロシア革命後は、「社会主義を倒せ!」と西側諸国と敵対関係になりました。

厳しい自然環境、他国の脅威など、さまざまな苦難がある風土によって、「国を崩壊させない強いリーダー」を求める気質が培われたのです。

実際に近代のソ連・ロシアの歴史を見てみれば、スターリンを典型として権威主義的な政治家が国を司っており、民主主義の西側とは大きく異なることがわかります。

ゴルバチョフ元書記長だけは例外で、西側と友好的でした。しかし彼ですらNATOの東への拡大には批判的。自伝には「NATOなど西側がここまでやると知っていたら、西側とは妥協しなかった」旨が書かれています。(『我が人生 ミハイル・ゴルバチョフ自伝』)

旧ソ連共産党も現在の統一ロシアも強い政党そのものですし、プーチン大統領はまさに強いリーダー。良し悪しは別として、ある意味「ロシアの皇帝型支配の気質に合った統治」といえます。

「法の支配」の代わりに「パワーの支配」が幅を利かせている

<権威主義ロシアである理由2:古代ローマのDNA欠如>

ロシアが権威主義である理由の2つ目は、古代ローマから西欧では続くDNA欠如――すなわち、西洋的な「法の支配」の概念が十分でないためだという仮説を私は持っています。

ロシアや中国のような権威主義国家は、司法の独立性が保たれていません。民主主義の大原則である「法の支配」が機能していない代わりに、権威主義的な政党やリーダーという「パワーの支配」が幅を利かせているのです。

「ヨーロッパの礎はキリスト教と古代ギリシア・ローマ」と言われるなかで、古代ギリシアが文化や芸術、哲学の礎であるなら、古代ローマは法や実学の礎です。

法を整備し、道路や水路などインフラを建設した先進性が古代ローマの傑出した点であり、そのDNAはかつて古代ローマ帝国だった西ヨーロッパの国々に脈々と受け継がれています。

ところが地理的理由から、ロシアは古代ローマの支配を受けませんでした。法やルールが機能しない社会では、公平性が損なわれます。古代ローマ時代とは直接は関係ないのですが、ロシアの農奴制は、制度自体は19世紀に廃止されたものの、事実上は20世紀まで残っていました。

人間を売り買いするなど、人権蹂躙どころの話ではありません。

ロシアの圧政下の苦悩や身分の違いから生じる軋轢が、人々の思索を深め、感性を研ぎ澄まし、優れた芸術や哲学・思想を生んだ──これは一面の事実ですが、作品に昇華できたのは限られた人々。一般的な人々は支配者に長い間抑圧されると、無気力になり、諦めてしまいます。

「自分は偉い人の言うことを聞く側だ」と刷り込まれる可能性もあります。

そこに強いリーダーを求める背景が合わさって、近代になっても共産党の一党支配による権威主義を受け入れ、現在は統一ロシア、そしてプーチン大統領の強権的な支配を受け入れている......。負の連鎖となっています。

政治的権威のバックに宗教的権威を見せる

ロシアの政治には、人権意識の低さも指摘されています。統一ロシアは西側諸国のような市場経済をある程度支持している一方、言論弾圧やメディアへの規制が強く、2013年にはLGBTQであると表明することを禁じる「ゲイ・プロパガンダ禁止法」が成立。

2023年には「性的マイノリティの自由と権利を求める運動? そんな奴らは過激派だ」とし、ロシア国内での活動を禁じています。多様性の時代、「古き良き家族主義に回帰しよう」と訴えているのです。

<権威主義ロシアである理由3 :「ロシア正教会」の影響>

3つ目の理由は、ロシア正教会の存在です。

ロマノフ朝の帝政時代から、ロシアでは皇帝は正教会を権威付けに使ってきました。ローマ・カトリックと違い、国ごとに正教会が分かれているため、国の政治的権力と結びつきやすかったのです。

プーチン大統領も、正教会と密接な関係を築くことで、自らの権力基盤を強固にしてきています。政治的権威のバックに宗教的権威をも見せることで、権威主義的な政治がより強化されているのです。

ポスト・プーチンはどうなる?

社会主義の時代から教育費が無償だったこともあり、ロシアの人々の知的レベルは平均的にかなり高い。国の強力な支援によってスポーツでも研究でも飛び抜けて優秀な人が育っており、学問も盛んでした。米国に続き核兵器開発には成功。

宇宙開発は近年まで世界を先導してきました(ウクライナ侵攻で他国がロシアとの宇宙開発の協力から手を引くといった悪影響が出ているようです)。このところ医療については後塵を拝していますが、ソ連・共産党時代に開発したポリオワクチンは、日本でも使われていたほどでした。

バレエや音楽を学ぶためにロシア留学する人は今も世界中にいて、ショパンコンクールで2位になった反田恭平さんもその一人。ロシアという国そのものは、教育・科学・芸術といった面ではマイナスばかりでないことは指摘しておかねばなりません。

このように「ロシア国民のポテンシャルは高い」と言うと、しばしば「じゃあ、新たなリーダーが現れたら国は180度変わるのか?」という質問を受けます。ロシア専門家ではない個人の意見としてですが、「それは難しい」というのが私の答えです。

抑圧への国民の反発がありながら長期政権を維持してきた背景には、前述した「強権的なリーダーを求める3つの理由」があります。

また、広大で多数の民族を抱え多くの仮想敵国を周辺に持つロシアという国は、「強権的なリーダーでないと統治できない可能性の高い不安定な国」です。

そしてロシアの人々には「こんな国は嫌だ」という不満と同じくらい、「強いリーダーが欲しい」という期待もあるのですから、長期政権は崩壊しにくいでしょう。

今後新たに、ナワリヌイ氏のような人物が登場したとしても、法の支配が機能しない以上、命か自由のどちらかを奪われて封じ込められてしまいます。

しかし人間には寿命があり、1952年生まれのプーチン大統領は70歳を超えています。

「後任によっては変わるのでは? 新たな政党が現れるのでは?」

そんな期待をしつつも、私は「別の政党・別の大統領になっても、またその党・その人の強権政治となり、西側と距離をおく可能性が非常に高い」と感じています。

ロシアと西側諸国では、イデオロギー、価値観、文化的な違いが大きくあります。西側の民主主義的なものが浸透するのはそう簡単ではないでしょう。プーチン政権が倒れても、〝第2、第3のプーチン政権〞が誕生する可能性が高いということです。


『教養としての世界の政党』
 山中俊之[著]
 かんき出版[刊]

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<著者プロフィール>
山中俊之 
◉─著述家・コラムニスト。歴史、政治、芸術、宗教、哲学、ビジネスなどの視点から、世界情勢について執筆活動を展開。 

◉─1968年兵庫県西宮市生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年に外務省入省。エジプト、英国、サウジアラビアに赴任。対中東外交、地球環境問題、国連総会、首相通訳(アラビア語)を経験。エジプトでは庶民街でエジプト人家庭に下宿。外務省退職後、日本総研でのコンサルタントを経て、2010年株式会社グローバルダイナミクスを設立。世界各国の経営者・リーダー向け研修において、地球の未来を見据えたビジネスの方向性について日々活発な議論をしている。芸術文化観光専門職大学教授、神戸情報大学院大学教授。長崎市政策顧問として地域創生を支援。神戸市のボランティア団体で、ホームレス支援に従事。 

◉─2024年6月現在、全世界97カ国を訪問して、農村・スラムからミュージアム、先端企業まで徹底視察。大阪大学大学院国際公共政策博士、ケンブリッジ大学修士(開発学)、ビジネスブレークスルー大学院大学MBA、高野山大学修士(仏教哲学・比較宗教学)、京都芸術大学学士(芸術教養)など取得。リスキリングについても活発な提案をしている。 

◉─著書に、『「アート」を知ると「世界」が読める』(幻冬舎新書)、『「世界の民族」超入門』『世界5大宗教入門』(ともにダイヤモンド社)などがある。 


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