ウクライナのゼレンスキー大統領(左)はトランプの勝利を祝福したが UKRAINIAN PRESIDENCYーABACAーREUTERS

<トランプがホワイトハウスに復帰し、米上院で共和党が多数派を奪還──。この結果は、アメリカの同盟国が懸念し、敵対国の一部が待ち望んでいたものだった>

ドナルド・トランプ前米大統領がホワイトハウスに復帰し、米上院で共和党が多数派を奪還──。米大統領選並びに同時実施の米議会選の結果は、アメリカの同盟国が懸念し、敵対国の一部が待ち望んでいたものだった。今や、前者は平静を装い、後者は喜びを隠せないでいる。

まず、ウクライナでの戦争はどうなるのか。トランプは来年1月の大統領就任後、ロシアとウクライナに停戦を求めるだろう。そうした動きの一環として、ロシアが2014年に併合したクリミアや22年2月のウクライナ侵攻以降の占領地が、ロシア領と確定されるかもしれない。


同時に、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の要求どおり、トランプはウクライナの将来的なNATO加盟を阻止する可能性がある。トランプの「NATO嫌い」を考えれば、ウクライナ寄りの欧州各国にとって重大な圧力になりそうだ。トランプは、アメリカのNATO離脱という脅しを再度ちらつかせて、欧州にプーチンとの取引を迫りかねない。

中東では、トランプはイスラエルやサウジアラビアを断固支持してきた。今後は、その姿勢を強化するだろう。以前にも増して強硬な対イラン政策を掲げると考えられるが、これはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相にとって好都合だ。

ネタニヤフは、イランの支援を受けるパレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマス、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラ、イエメンの反政府勢力フーシ派を崩壊させ、イランを大幅な能力低下に追い込むつもりでいるようだ。

米大統領選と同日の11月5日、ガザでの軍事行動をめぐって対立してきたヨアブ・ガラント国防相の解任を発表し、戦闘継続に向けた体制を整えている。

イスラエルの攻撃が続くガザ北部を脱出する市民 MAHMOUD ISSAーREUTERS

アジアの同盟国を待つ運命

イスラエルはレバノンへの攻撃拡大も準備している。イランに対しても同様で、イスラエルにさらに攻撃を仕掛けてきた場合、壊滅的になりかねない報復攻撃を行う用意がある。

トランプの再選で、ネタニヤフは勢いづくだろう。その結果、トランプはプーチンに対して、より強い立場を手にすることになりそうだ。ウクライナでの戦争では、ロシアはイランの支援を頼りにしている。停戦を目指すトランプにとって、「ネタニヤフの抑止」はプーチンとの交渉の切り札になるだろう。

一方、中国との関係は変化しない可能性が高い。対中関係はおそらくアメリカの戦略的外交政策の主要課題であり、ジョー・バイデン米大統領はトランプ前政権の対中政策をおおむね継続してきた。トランプ次期政権は路線強化に乗り出すだろう。

トランプは対中関税引き上げを繰り返し口にしており、再び大統領に就任した後は有言実行する可能性がある。とはいえ、中国の習近平国家主席との現実的な取引に前向きになる可能性も十分にある。

アジアの同盟国に対するトランプの姿勢には大きな疑問符が付く。台湾をはじめ、フィリピンや韓国、さらには日本に対しても、防衛協定をどこまで守る気があるのか。熱意はあまり感じられない。

1期目の対北朝鮮関係のように、トランプは戦争が危ぶまれるほど強く出ることがある。北朝鮮が17年、ICBM(大陸間弾道ミサイル)発射実験を行ったときがいい例だ。

北朝鮮の金正恩体制は予測不可能だが、それはトランプも同じ。再び衝突しかねない一方で、北朝鮮と関係を深めているロシアとの取引の一部として、トランプが北朝鮮の核武装を容認することもあり得る。

そうなれば、トランプは中国に対して、影響力を増すことになるだろう。ロシアと北朝鮮の関係強化に、中国は神経をとがらせている。

2期目のトランプ政権が発足するまでに、アメリカの同盟国も敵対国も自らの立場強化に努めるはずだ。政権移行期間は、トランプの下では実現がより困難なことを既成事実化するための残り時間でもある。

トランプはウクライナや中東で停戦を要求するとみられることから、当事者がそれまでにより望ましい「現状」を実現しようとするだろう。そのため、戦闘が激化する可能性がある。両地域で進行中の人道危機にとって悪い知らせだ。

「トゥキディデスの罠」に

朝鮮半島の緊張が高まる事態も想定される。北朝鮮は新たなミサイル発射実験や核実験を行い、実績を積み上げようとするかもしれない。

欧州と中東で戦闘が激化し、アジアが緊張すれば、全方位的にアメリカと同盟国の関係は悪化するだろう。

欧州は、トランプがEUやNATOに加盟する同盟国の頭越しに、ロシアと取引しかねないと不安視している。そんな事態になれば、ウクライナ(あるいは欧州全般)がロシアと結ぶあらゆる協定の持続性は損なわれるだろう。

欧州の防衛能力が相対的に貧弱で、アメリカの核の傘の信頼性が低下する状況は、プーチンの帝国主義的野望をあおるだけだ。

中東ではネタニヤフが完全な野放し状態になりかねない。アラブ諸国の一部は、イスラエルがイランやその代理勢力を攻撃することを歓迎するかもしれないが、パレスチナの苦境をめぐって自国民から反発を浴びる懸念は根強い。この長年の問題を解決しない限り、中東和平はもちろん、地域的安定もほぼ実現不可能だ。

アジアの事情は異なる。この地域の問題はアメリカの後退ではなく、予測不可能で潜在的に制御不能な対立のエスカレートだ。トランプ次期政権下では、覇権国家が新興国家の台頭を恐れて戦争が不可避になるという「トゥキディデスの罠」に、米中がはまる可能性がはるかに高い。

ならば、アジアにおけるアメリカの同盟国は長期的に安全を保障されているのか。インドネシアやインドなどは、中国との関係再強化を検討するのではないか──。

世界が高まる不確実性と不安定性に直面しているのは否定しようがない。トランプの就任を待つまでもなく、その道のりは既に始まっている。

最悪の場合、自分は決して間違わないと胸を張るトランプの主張は木っ端みじんになるだろう。地政学は不動産業より複雑だと気付く頃には、トランプ一派がバイデン政権のせいにしてきた混乱そのものが現実になっていても不思議ではない。

Stefan Wolff,Professor of International Security, University of Birmingham

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