愛知県東郷町の井俣憲治町長が辞意を表明した(写真:共同)

愛知県東郷町の井俣憲治町長(57)が、第三者委員会によるハラスメント認定を受けて、辞意を表明した。調査報告書では、パワハラやセクハラ発言はもちろん、着ぐるみに女性職員が入っていると知りながら抱きついたなどの事例まで示されている。

報告書を読み進めるうちに、筆者は「リーダーシップ」と「冗談」の両方を履き違えた結果、井俣氏がこうした言動に至ったのではないかと感じた。過去の「地方首長の失言」を振り返りつつ、根源にあるメカニズムを探ってみよう。

108人がハラスメント被害を受けたと回答

「東郷町長のハラスメント事案に関する第三者委員会」は2024年4月22日、東郷町に対して調査報告書を提出した。

そこでは町職員(正規職員334人、会計年度任用職員405人)へのアンケート調査によって、自分自身がパワハラ、セクハラ、マタハラ(マタニティ)、パタハラ(パタニティ=父性)などのハラスメントを受けたと108人が回答。誰かがハラスメントを受けている場面を目撃した職員も138人いると明かされた。

【画像】「いつ、巨乳になって帰ってくるの?」…調査報告書に記された、井俣氏によるハラスメント行為。具体的な発言・行動の内容を見る(12枚)

報告書では、具体的なハラスメント事例も列挙されている。「お前らの脳みそは鳩の脳みそより小さい」「最上級のあんぽんたん」などの発言のほか、同性愛者を示すポーズをしながら「こっちなのか?」、手術を控える女性職員に「いつ、巨乳になって帰ってくるの?」などと言い放ったとされる。

言葉だけでなく、行動でもセクハラ認定されている。

たとえば、町のキャラクターの着ぐるみに、女性職員が入っていると認識しつつ、抱きついた行為。町長は「女性が入っていると知らなかった」と主張しているというが、複数の職員が、抱きつく前に町長は女性職員が入っていると確認したうえ、抱きついた後に「これってセクハラじゃないよな」と言っていたと回答。

また、一般論として「誰が入っているか全く聞かずに着ぐるみに抱きつくことはおよそ考え難い」として、セクハラだと判断している。

 

 

 

 

 

 

調査報告書に記された、井俣氏によるハラスメント行為(出所:調査報告書)

井俣氏は東郷町議会議員を経て、2018年に町長に就任。現在2期目だが、ハラスメントは、町長就任1期目から行われていたとされる。2期目の折り返しを目前に、第三者委員会の報告を受けて、井俣氏は4月24日に辞職願を町議会議長へ提出した。

「受け手の感じ方が重要」との弁明(?)も

一連の騒動は、2023年11月14日の中日新聞報道が発端となった。ハラスメントの言動が報じられたことで、井俣氏は16日に記者会見を行い、「そういう認識は、申し訳ないですが持っていない。セクハラと言われればセクハラだ」と発言し、「受け手の感じ方が重要だ」との考えを示した。

その後、町議会で不信任決議案が審議されたが、賛成10、反対6となり、可決に必要な4分の3に満たなかったことから、否決された。そして12月、3人の弁護士からなる第三者委員会が設置され、今回の報告書提出に至った。

報告書にある一連のハラスメント言動を見て、筆者は井俣氏には「2つの履き違え」があるように感じた。それは「リーダーシップ」と「冗談」だ。政治家を見ていると、リーダーシップをとることを、ときに「権威を振りかざすこと」だと勘違いしている人がいる。そうした感覚が、井俣氏にもあったのではないか。今回の騒動を見ていると、どうしてもそう見えてしまう。

リーダーシップは、形から入るものではない。職員へ圧をかけることで、相対的に自らの立場を高めようとしても、いつかボロが出る。「この人を怒らせると居場所がなくなるから」と消極的に従わせるのではなく、「この人についていこう」と前向きに思わせることが重要なのだ。

もう1つが「冗談」を履き違えていること。井俣氏は11月時点で、発言の真意を問われて「冗談のつもりだった」と主張していたが、ジョークだと言えば、なんでも許されるわけではない。たとえ相手が笑っていても、忖度かもしれないし、報復を恐れての保身行動とも考えられる。

実際に調査報告書でも、第三者委員会が「組織のトップからの発言であり、優越的な関係から、職員は黙って耐えるか、笑って誤魔化して対応するしか、すべがなかった」と背景を推察している。

こうした政治家による舌禍事件で思い出したのが、先日の静岡県・川勝平太知事による発言だ。春の新入職員向けの訓示で、職業差別ととられる発言を行い、こちらも「擁護する余地がない」などと批判が相次ぎ、辞意表明を余儀なくされた。

筆者は、東洋経済オンラインで「川勝知事『知性の高い』発言がマズいこれ程の理由」と題したコラムを書き、それまでの川勝氏の発言を振り返りつつ、問題点として「にじみ出る『上から目線』」「根拠のない『臆測による対比』」「自説にとらわれ、世論を認識できていない」の3つを挙げた。

農業や畜産業に関わる人たちと対比しながら、新入県庁職員に対して「皆様方は頭脳、知性の高い人たちです」と述べたとされる川勝氏と、町の職員に対して「お前らの脳みそは鳩の脳みそより小さい」と述べたとされる井俣氏。目の前の相手に言ったか、第三者に言ったかの違いはあるが、不思議と通底するものがある。

ネット時代は、アップデートできない人に対して厳しい 

政治家の発言は、ときに「失言」とされて、イメージダウンにつながる。今年の頭には、大分県別府市の長野恭紘市長が、大谷翔平選手からの寄贈グローブを「私が見るだけではもったいない!という事で、市役所正面入口に当面飾ります!」とSNS投稿したことで、子どもたち向けのプレゼントを「私物化している」と大きなバッシングを呼んだ。

筆者は当時、「大谷グローブ飾った市長は結局何がマズかったか」と題したコラムで、「市区町村長といった首長は、権力の象徴と位置づけられている。そもそも、首長も議員も、国政も地方政治も問わず、政治家は常に権力監視にさらされている」と書いていた。

全世界に拡散されるSNS投稿と、町役場内でのハラスメント言動は、同列に並べるものではない。ただ、どちらもひとたび「おごり」や強権発動が透けてしまえば、一気にバッシング対象となる意味においては、近い背景をもつと言えるだろう。

こうした権力の話をすると、「選挙で民意を得た存在だったら、強権を発動しても問題ないのでは」との声が出てきそうだ。しかし筆者は、そうは考えていない。他の候補者に投じた有権者や、未成年のような選挙権のない人たちも含めての「民意」を重んじるべきであり、またそうした人々からの監視下に置かれていることを忘れてはならないからだ。

井俣氏は、2018年選挙が8540票(相手候補は7120票)、2022年が8694票(同6458票)で当選しているが、どちらもそこまで圧勝とは言えない。得票率と支持率がイコールとは限らないが、少なくとも有権者の4割強が、井俣氏ではない人物へ投票していた。その中には、もしかしたら、虎視眈々と失脚の機会をねらっていた者がいるかもしれない。

そう考えてみると、ハラスメント意識の低さに加え、政治家としての危機管理にも乏しかったと言える。今回の調査報告書がなくとも、井俣氏には遅かれ早かれ、それなりの審判が下されていたと考えるのが自然だろう。ネット時代は、アップデートできない人に対して厳しい。地方で起きた事案でも、すぐに全国区のニュースになる。

自然と「ダメ政治家」は淘汰されていくはず

審判を下すうえで、欠かせないのが有権者のリテラシーだ。一見すると「いい政治家」と感じる相手でも、その裏側に何を秘めているかは見えにくい。都合の悪い側面は、誰しもできるだけ隠したいものだ。実際、調査報告書では、井俣氏の1期目からハラスメント行為は行われていたと認定されており、再選時には「裏の姿」が隠されていたことになる。

「裏と表」は、逆もまたしかり。バッシングを受けている人物でも、その政策や語り口を見てみると、意外と自分にフィットしている場合がある。あらゆるフィルターを外して、フラットな視点で見ることで、自然と「ダメ政治家」は淘汰されていくはずだ。

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