岸田文雄政権下の約3年間で、日本ではさまざまな物やサービスの値段が上がった。食料品の値上げは今も続き、庶民の負担は増大。子どもやその保護者、高齢者など地域の住民に食事を提供する「子ども食堂」には、さまざまな境遇の人が集う。2人の子を育てるシングルマザーは「将来が不安」と話す。物価高に苦しむ中、政治にどんなことを求めているのだろうか。
肉や卵もぜいたく品に
9月上旬の午後4時。食堂が開くと予約していた4、5人のお年寄りが集まり始めた。この日のメニューは、天ぷら、ひき肉とナス、ピーマンの甘辛炒めなど。1人暮らしの女性(69)は「1人で料理するのは大変。特に野菜がたくさん入った温かいみそ汁がうれしい」と顔をほころばせる。
ここは、埼玉県吉川市の吉川団地内にある「みんなの食堂ころあい」。ボランティアの女性らが丹精込めて作る無料の料理が人気の子ども食堂で、独居の高齢者など団地に住む人の憩いの場となっている。運営は介護事業などを営む社会福祉法人が担う。
この女性は週に1度買い物に出るが、数年前と比べ1~2割ほど出費がかさむようになり、物価高を痛感している。「切り詰められるのは食費くらい。特にコメが高いね。好物の果物もあまり買わないようにしている」という。
約7年前に脳内出血で倒れ、右半身に後遺症を負った。治療やリハビリにはお金がかかる。月10万円弱の年金だけで生活するのは難しく、家賃は別居する長男に払ってもらっている。物価が上がり続けたら生活していけるだろうか――。同じ団地に住む1人暮らしの友人と、そんな話をするようになった。「せめて最低限の衣食住がそろい、安心できる暮らしが続けられたら」と話す。
午後5時を回ると、学校帰りの子どもらが加わり、食堂はにぎやかさを増す。シングルマザーの女性(39)は離婚後、1年ほど前から通うようになった。週5日の工場勤務のアルバイトで月収は10万円弱。児童扶養手当と元夫からの養育費はあるが、小学1年の長男と幼稚園の長女を養うのは大変だ。
「日常生活にまつわるほぼ全てが値上がりしている印象。肉や卵もぜいたく品になってしまった」。肉を買う頻度を週1回に減らし、魚も切り身ではなく缶詰を買う。生活はどうにかなっているが「子どもの進学や習い事など将来を考えると不安がこみあげてくる」と話す。
女性は最優先で実現してほしい政策として「小中学校の給食の一律無償化」を挙げる。文部科学省によると、全児童・生徒対象の完全無償化に踏み切った自治体は2023年9月時点で約3割にとどまる。「正直、不公平感は否めない。子どもがどこでも安心して食事ができる社会になってほしい」と地域格差の解消を望む。
栄養バランスの取れた食事や交流の場を提供する子ども食堂は、子どもの居場所作りへの関心が高まる中で年々増加している。認定NPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」によると、23年度調査では全国に9132カ所あり、子ども以外にも高齢者など多様な人が利用している。食事は多くの施設が無料か安価で提供している。
3年で7万品目値上げ
食品の大規模な値上げは2年以上続いている。22年2月のロシアによるウクライナ侵攻などで穀物や原油など資源価格が世界的に高騰。歴史的な円安が重なり、食品や原材料の多くを輸入に頼る日本にも、物価高の波が押し寄せた。
帝国データバンクによると、主な食品メーカー195社が値上げした飲食料品は、22年で2万5768品目(平均値上げ率14%)、23年で3万2396品目(同15%)に上った。24年も11月までに1万1872品目(同17%)が値上がりし、この3年で延べ7万品目に達した。
加工食品や調味料、飲料の値上げが目立ち、他にも菓子や乳製品、パンなど多岐にわたる。ニッセイ基礎研究所の久我尚子上席研究員は「購入頻度の高い物の値段が上がり、上昇率も高かった」と指摘する。
運営側も「厳しい」
物価高で子ども食堂の運営も各地で厳しさを増している。東京都板橋区の「まいにちおいで子ども食堂」は月曜を除く週6日、夕飯の弁当を作っている。10日にマンションの一室を訪ねると、運営スタッフがおかずを容器に慌ただしく詰めていた。1日40~50食ほどを用意するが、予約制で2週間先まで埋まっている。
24年4~8月の食材費は前年同期の1・5倍ほどに膨らんだ。高騰する光熱費や部屋の賃料も大きな負担となっている。運営するNPO法人「キッズぷらっとフォーム」理事長の武井重雄さん(73)は「頑張って毎日開くほど運営は厳しくなる」とため息を漏らす。
約40人の運営スタッフはボランティアで、運営費は寄付金のほか、大人の利用者の弁当代(300円、子どもは無料)と公的機関や民間の補助金で賄っているが、コストが膨らみ運営は苦しい。物価高が続けば、弁当代の値上げを検討せざるを得ないという。
仕事帰りに弁当を受け取った薬剤師の女性(42)は子ども3人を1人で育てており、「家に帰ったら家事が山積み。料理したくても時間がないので本当に助かる」と話す。進学費用を工面するにも残業する時間はなく、「物価高で子どもたちにお菓子を買うことは減った」という。
1人暮らしの女性(71)は両股関節の手術後、食堂に通うようになった。「台所に長時間立つのは難しいし、1人分の煮物を作るのも大変。弁当の提供はお年寄りにもありがたい。足が良くなったら恩返ししたい」と感謝した。
武井さんは「半年後には収支がマイナスになってもおかしくないが、必要とする人がいる以上、やめるわけにはいかない」と語る。
日本「豊かではない国」へ
総務省によると、家計の消費支出に占める食費の割合を示す「エンゲル係数」は27・8%(23年)。調査対象が異なるため単純比較はできないが、1983年以来40年ぶりの高水準となった。エンゲル係数は生活の豊かさを測るバロメーターとされ、数値が低いほど家計に余裕ができ、生活に不可欠な食べ物以外にお金を回せることを意味する。第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは「日本が豊かではない国に変わりつつあることを象徴している」と話す。
負担軽減策を連発した岸田政権
岸田政権は物価高の負担軽減策を手当たり次第に打ち出してきた。22年にガソリンや灯油などの価格を抑える補助金制度を始め、23年から電気や都市ガスも補助金で価格を抑える仕組みを導入。23年3月まで半年間は、輸入小麦を企業に売り渡す価格を据え置き、パンや麺類の小売価格抑制策を打った。低所得世帯を中心に現金などの給付も繰り返し、24年6月には納税者と扶養家族を対象に、1人4万円の定額減税を始めた。
ただ、給付や減税はいずれも1回限りの措置。ニッセイ基礎研究所の久我氏は「負担軽減にはつながるが、可処分所得の増加は一時的に過ぎない。将来不安がある中で消費者は手元にお金をとどめやすい」として、負担軽減策による消費活性化の効果は限定的とみる。
「誰にも期待しない」
物価高を受け、各地の子ども食堂に多くの人が集まっている。福岡市南区の公民館で月1回開いている子ども食堂「100人カレー弥永」。野菜や果物を煮込んでからミキサーにかけて仕込んだ特製カレーが定番メニューで、高校生以下と60歳以上は無料(大人は200円)で提供している。
8日昼には近所の親子連れやお年寄りら約80人が集まった。3人の子どもを連れて参加した20代の主婦は「定額減税だけでは(生活費が)足りない」と話し、安いスーパーでまとめ買いをする日々だ。
日雇いの建設現場で働く男性(64)は、持病や体力の衰えに連日の暑さが重なり、この3カ月間は仕事に出られていない。所持金が尽き、初めて食堂を訪れた。最近は炊き出しの列に並ぶか食パンだけの日々が続いていたという。
男性の手取りは今年になって1日8000円から8500円に増えたが「(物の)値段が上がり、(生活費が)ぜんぜん足りない。自民党は世襲議員ばかり。私のような人間の気持ちなんて分からない」とこぼす。党派閥の裏金問題が発覚し、総裁選は「誰にも期待できない」とあきらめたように話す。
「持続的な賃上げを」
物価変動を考慮した1人当たりの実質賃金は、6、7月と2カ月連続のプラスとなっている。ようやく物価上昇に賃金上昇が追いつき始めたが、庶民の財布のひもは固い。総裁選では物価高対策が争点となり、候補者から「低所得者への給付を拡充する」「電気・ガスの抑制策は続けたい」と家計支援を訴える声が相次ぐ。
第一生命経済研究所の熊野氏は「賃上げの裾野が広がらなければ、物価上昇を上回る賃金の伸びは実現できない。新政権は企業の競争力強化や生産性向上を支え、持続的な賃上げを実現させる必要がある」と指摘する。【成澤隼人、植田憲尚、安藤龍朗】
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