2年前に熊本市内から移転した「天外天」本店=熊本県菊陽町で2024年8月6日午後0時31分、植田憲尚撮影

 半導体受託生産の世界最大手「台湾積体電路製造」(TSMC)が進出した熊本県菊陽町にあるラーメン店が11月で閉店することになった。2年前に熊本市から本店を移し人気を集めたが、再び熊本市に戻る計画だ。TSMCの工場は年内にも本格稼働を控え、第2工場建設計画も進む。活況にわく町の繁盛店に何があったのか。

 豚骨と鶏ガラなどをベースにしたスープに、ガーリックパウダーのパンチ――。「天外天」が提供するラーメンの特長だ。移転前の本店は熊本市内の繁華街にあり、お酒を飲んだ後の「締めの一杯」として人気を集めてきた。

 33年営業した本店が菊陽町に移転したのは2022年8月。入居していたビルが熊本地震(16年)の影響で建て替えることになったのが直接のきっかけだ。移転先を探していたところ、交流のあった人気ラーメン店「火の国文龍」の経営者から、町を紹介された。文龍が閉じる支店の後釜としてだった。

 天外天を経営する「小田圭太郎商店」の小田圭太郎社長(47)は「工場の工事関係者や関連する来客が安定的に見込めそうだった」と移転を決めた。オープン後は想定通り、工場の工事関係者や、半導体関連企業の社員とみられる日本人らが来店し、移転前と同様ににぎわった。

 ところが1年後の23年8月、昼・夜の営業から昼一本に絞らざるをえなくなった。原因はスタッフ確保の難しさだ。2年前の移転オープン当初、学生のアルバイトを含めて数がそろっていたスタッフは卒業などで次第に減っていった。人手不足は飲食業界も例外ではなく、その後の採用も思うように進まなかった。

 さらに町内ではTSMC関連で高待遇のアルバイト求人が現れ始めた。その影響かは不明だが、小田さんは「募集しても人が来なくなった。時給を上げるにしても限界があり、中小企業には厳しい」とこぼす。

 天外天は3年前、東京駅地下にあるラーメン専門の飲食店街「東京ラーメンストリート」に期間限定で出店したことがある。現地スタッフを時給1300円ほどで募集したところ、面接するのが大変なほど応募があったという。しかし今、菊陽町で最大時給1300円を提示しても、人は集まらない。

 少ないスタッフによる昼夜営業は、長時間労働につながりかねない。移転1年を機に思い切って昼営業のみにし、現在は社員とアルバイトの6~7人で勤務のシフトを組んでいる。

 菊陽町の店は幹線道路沿いとはいえ郊外に立地する。最寄りの駅からもやや離れているため、夜は人の往来が少なくなる。昼営業だけでも採算が見込めると踏んでのことだった。現在の売り上げは「昼4時間だけの営業にしては安定している」と小田さん。特に週末はにぎわう。

 熊本市のビルの建て替え完了後は、本店を戻す計画だ。建て替えは早くて2年後のため、小田さんは当面現状を維持したいと思っていた。しかし、売り上げ自体は好調でも営業時間が短いため、家賃を考慮するとそうもうかるわけではない。TSMC進出で町内は地価が高騰。飲食店の家賃も上昇傾向にあり、経営を圧迫する懸念があった。

 今後、第2工場の効果で更に集客できても、高待遇の仕事が周囲で増えればスタッフ確保はより困難になり、結果的に客に迷惑をかけてしまう。この夏もスタッフ1人が辞めることになった。小田さんは9月、菊陽町からの撤退を決意した。

 5月からは、本店があったビルでカウンター7席だけの「圭ちゃんらーめん」を、木・金・土曜の夜に一人で切り盛りしている小田さん。「一番大事にしたいのはおいしいラーメンを作って喜んでもらうこと。人の確保などに多くの時間や労力を取られるなら、狭い店に少人数でやった方がいいという気持ちが強くなっている」と吐露する。

 小田さんは「本店があった場所の灯を消したくなかった」と言い、建て替え工事が始まるまで圭ちゃんらーめんを続けるつもりだ。菊陽町から撤退した後は当面、熊本駅の商業施設内の支店との2店体制で運営する。【植田憲尚】

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