自動車の定期点検代が約30年ぶりに上昇している。その要因の一つは工賃の引き上げ。「どんぶり勘定」や「地域相場」といった曖昧な価格設定からの脱却を試みる整備(修理)工場側の変化が背景にある。
「工賃単価は本来、経済状況に応じて変動するはずのもの。岩盤価格であってはならなかった」。自動車整備業、福井自動車(東京都千代田区)の土田千恵社長(58)はそう自戒する。それまで周辺工場の価格を参考にする「地域相場」から何となく設定していたが、2023年4月に約30年ぶりに工賃単価(一般顧客向け)を8000円から8800円に引き上げた。
工賃には人件費のほかに、工場の設備代や光熱費などの経費も含まれる。これに個々の会社が自社の利益を乗せ、物価上昇(インフレ)率も考慮して1時間あたりの工賃単価を算出する。
インフレが長期化するまで、赤字か黒字かは気にするものの、点検や修理ごとにかかる経費を詳しく把握していない工場は少なくなかった。しかし、価格設定が適正かどうかを判断できなければ「買いたたき」に遭ったり、経営難に陥ったりしかねない。
「僕らより上の世代は職人かたぎの人が多く、納得いく修理をすることにやりがいを感じていた。代金は修理項目ごとにいくらという計算をせず、基本的にどんぶり勘定だった」
事故車の修理などを手がける佐藤モーターサービス(東京都大田区)の佐藤利弘社長(42)は、2020年に父から会社を継いだ当時をこう振り返る。
佐藤社長は会社を継いだ後、毎年6月末の決算を基に翌年度の工賃単価を専用ソフトで割り出すようにした。国産車の保険修理代の計算に使う工賃単価は、東京23区内の平均と言われる7000円ほどで設定されていたが、工場の設備投資などをまかなう利益を得るには安すぎたことが分かったという。
その後、数百円ずつ増やして今年7月に8200円まで引き上げた。新型コロナウイルス禍やインフレで厳しい経営が続くが、工賃引き上げのおかげで僅かながらも毎年の賃上げを続けられているという。「決算に基づいて下げる時は下げるなど、フェアな価格設定を心がけたい」と強調する。
約7割が人手不足という自動車整備業界の再生には、賃上げや設備投資につながる工賃引き上げが欠かせない。ただし、その分は車検代や自動車保険料などの値上げに反映される。一体どこまでが適正価格として消費者に受け入れられるのだろうか。各工場や損害保険会社は難しい判断を迫られている。【中島昭浩】
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