熊田舞弥さん=福島県いわき市平上荒川の福島高専で2024年8月2日、錦織祐一撮影

 福島高専(福島県いわき市)が、高専発のベンチャー企業育成に力を入れている。「高専」といえばものづくりのイメージが強いが、OGの熊田舞弥さん(22)は、企業広報を動画制作で支援する「Felis(フェリス)」を在学中の2023年6月に創業した。なぜ動画の事業を選んだのか。そこに込めた古里いわきへの思いを聞いた。【聞き手・錦織祐一】

 ――なぜ起業することにしたのですか。

 ◆私は専攻科までの5年間、芥川一則教授のゼミでビジネスコミュニケーション学を専攻しました。人口減少局面での地方都市の課題解決を研究する中で、私は地元企業について取り組みました。どの企業にも共通する問題が「人手不足」でした。特にいわきはBtoB(事業者向け)の事業が多く、一般の消費者、ひいては学生へのPRは弱かった。企業側も「どうしたらいいか分からない」状況でした。福島高専生もほとんどが首都圏など県外に就職します。

 そんな中で新型コロナウイルス禍となりマッチングなどの活動はできなくなりました。芥川先生から「学生向けのPR動画を作ってみない?」と提案され、私がいわき信用組合様の動画を作ることになりました。「これはビジネスになる」と思ったのが最初です。

 ――どんな手応えを得られましたか。

 ◆心掛けたのは「学生は何を知りたいのか」。企業は既に動画を制作していることも多いですが、ほとんどが入社した後の話で、尺も長い。「この会社にちょっと興味がある」程度の人に、どんな組織で、入ったらどんなキャリアが積めるのかという「5年後の自分」をイメージしてもらえるようにしました。企業が求める人物像も知ってほしいので江尻次郎・現理事会長に出演をお願いし、快諾していただきました。

 ――そこから起業とは思い切りましたね。

 ◆私も「いつかは起業できれば」程度のつもりで、東京の企業でインターンシップも体験しました。いい会社でしたが、東京での暮らしが合いませんでした。悩んでいたところ、芥川先生に「起業するのも一つの手」と言われ、「もう起業しよう!」と決断しました。

 ――1年間、会社を経営しての感想は。

熊田さんが制作したいわき信用組合の動画。職員が休みを取得して暮らしを充実させていることを短時間の動画で紹介している=ユーチューブから

 ◆アポ取りから動画制作まで一人でこなしました。最初は難色を示されることもありますが、違った角度から若者向けに会社を紹介する趣旨を説明して「じゃあお願いします」と頼まれることが増えてきました。そうしたコンサルタントの役割を担うことにやりがいを感じます。大熊町のアートプロジェクトや福島イノベーション・コースト構想も含めて8本制作しました。

 企業は地元の若い学生を採用したいのに自分たちの強みや魅力をうまくPRできていないと感じます。短時間の動画のシナリオにまとめて、会社が伝えたい情報と、学生が知りたい情報をマッチングするニーズは強い。私のように地元で働きたいと思っている人もいるはずです。将来的には、子育て中などで短時間しか働けないけど高いスキルを持つ女性にフレキシブルに動画制作を担ってもらえればと考えています。

 ――今後は。

 ◆これまでは県外に出てしまう学生を引き留めるために動画を制作しようと思っていましたが、やっぱり東京や都会への憧れはみんなが抱きます。私もありました。なら、一度は県外に出た若い人たちに戻ってきてもらえるような施策が重要だと思っています。例えば、転出後に福島とのつながりを持てるパックご飯の送付を考えています。そんな、行動で情報を体験する「経験的情報」を提供したいと考えています。

 ――後に続く若い人にメッセージを。

 ◆わがままになってもいいのではと。私も「就職したくない」というわがままから始まりましたが、自分の意思を大事にするのは重要だと感じます。失敗してもいいからまずは自分に正直に挑戦してほしいと思います。

記者の一言

 若者目線をマーケティングに取り入れるビジネスは首都圏で次々起業され、大企業も相手にしている。それを、本来は最も必要とするべき地方の中小企業を対象にした熊田さんの着想は、時宜を得ていて「目からうろこ」だった。柔軟な発想と果敢な挑戦を応援したい。

熊田舞弥(くまだ・まや)さん

 いわき市出身。福島高専専攻科2年だった2023年6月に「Felis」を創業した。卒業後は東京大アイソトープ総合研究センターの特任研究員として福島イノベーション・コースト構想にも携わる。趣味は「たまごっち」などのゲーム。

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