JR米坂線の車両=山形県川西町で2024年7月1日午後0時37分、神崎修一撮影

 経験したことがない強い雨が襲った。2年前の8月3日。山形、新潟両県で集中的な雨をもたらす「線状降水帯」が発生。新潟県関川村では4日未明、国内歴代6位タイの1時間149ミリもの雨を観測した。山形と新潟を結ぶ米坂線(90・7キロ)は線路下の盛り土の流出が相次ぎ、線路は土砂に覆われた。あれから2年。橋梁(きょうりょう)があった場所は線路が途切れたまま。一部の線路は曲がったままで放置されている。【神崎修一】

 2022年8月の豪雨災害で被災し、一部区間で運休が続く米坂線。JR東によると、今泉(山形県長井市)―坂町(新潟県村上市)で被災し、山形側68カ所、新潟側44カ所の計112カ所で、橋梁や盛り土などに被害を受けた。全区間の約7割にあたる今泉―坂町間は、2年以上経過した今でも運休が続き、バスを代行運転している。鉄道という地域の足の不在は、沿線住民の生活に影を落としている。

 夏休みに入った8月1日午後。代行バスが小国駅(山形県小国町)に到着すると、部活終わりの高校生約10人が降りてきた。米沢興譲館高1年の河内僚佑さん(16)は、通学で朝6時台のバスを利用する。「バスよりも電車の方が、走りが静かで揺れない。学校の課題は電車の方がやりやすい」。長井高1年の寒河江雄大さん(15)は今泉駅でフラワー長井線に乗り換えるため「朝は待ち時間が長いと感じる」とつぶやいた。

米坂線の線路は途切れたままで復旧工事は手つかずの状態だ=新潟県村上市で2024年7月2日午後2時41分、神崎修一撮影

 2年放置された線路は雑草に覆われ、復旧は手つかずの状態だ。復旧のあり方を巡って沿線自治体とJR東の意見が折り合わない。沿線自治体は被災前と同じく「JR東日本による鉄道の復旧と運営」を求める一方、JR東は復旧費や利用減少などを理由に「単独での運営を前提とする復旧は困難」と主張。JR東は復旧には約86億円の工事費と約5年の工期を要すると試算し、単独での復旧以外も視野に、沿線自治体と復旧検討会議を設置した。ただ23年9月から3回開かれたが、両者の議論は平行線をたどっている。

 米坂線整備促進期成同盟会副会長で新潟県関川村の加藤弘村長(69)は「もうかる事業に投資したいというのは分かる。でも鉄道事業者としての使命があるはずだ。赤字だから切ろうでいいのか」と憤る。同会長で小国町の仁科洋一町長(72)も「高校生からはトイレが心配、バスだと酔いやすい、冬は外で待たなければいけないなど切実な声を聞いている。何としても復旧させないといけない」と訴える。

 復旧費に加えて利用客数の減少も壁となる。JR東が公表した21年度の米坂線の輸送密度(1キロ当たりの1日平均乗客数)は290人で、民営化後の1987年度から7割減と深刻だ。JR東は5月の会議で、線路などを自治体が保有しJRが運行する「上下分離方式」や第三セクターの運営、バスへの転換など四つの復旧方式案を地元に示した。白山弘子新潟支社長は7月の記者会見で「自治体の考えもさまざまある。方向性を一つに絞らず、丁寧に議論していきたい」と説明した。

 加藤村長は「(人口約5100人の)小さな村が鉄道の運営費を負担するのは無理だ。鉄道で復旧してほしいが、村内には『鉄道に予算を投入することで他の事業ができなくなると困る』との声もある」と複雑な心境を吐露した。

 地域の足をどう確保していくか。乗り越えるべき課題は多い。

米坂線

 山形県の米沢駅(米沢市)と新潟県の坂町駅(村上市)を結ぶ約90・7キロのローカル線。1936年に全線開通した。91年まで急行「あさひ」「べにばな」が走り、新潟と仙台・山形を結んでいた。80年代に並行する国道113号の整備が進んだことで利用減少が進んだ。赤字額(21年度)は今泉―小国間で8億5800万円、小国―坂町間で5億3600万円。現在は主に通学や通院の足として利用されている。険しい山間部を走るため自然災害による被災も多く、67年の「羽越豪雨」では10カ月運休。2013、14年にも大雨による運休が発生した。

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