『リッチモンドホテルプレミア盛岡駅前』のアルバイトスタッフ(写真:リッチモンドホテル提供)この記事の画像を見る(13枚)男性はもちろん、昨今は女性や外国人観光客など、多くの人が利用しているビジネスホテル。各ホテルはそれぞれに、代名詞とも言えるサービスや設備を持っている。けれど昨今のホテル選びでは価格ばかりが注目され、提供側がこだわっているポイントにはスポットライトが当たっていないこともしばしばだ。この連載、「ビジネスホテル、言われてみればよく知らない話」では、各ビジネスホテルの代名詞的なサービス・設備を紹介し、さらに、その奥にある経営哲学や歴史、ホスピタリティまでを紐解いていく。第9回は、リッチモンドの後編。前編の朝食に続き、顧客満足度1位に選ばれるサービスと人について分析する。

学生アルバイトが入社したくなる環境

2023年、リッチモンドは世界的な調査機関である「J.D.パワー」の顧客満足度調査(1泊9000円〜1万5000円未満部門)で星野リゾートに次いで2位を獲得した。過去には、同調査で11回No.1を獲得した実績もあり、JCSI(日本版顧客満足度指数)の調査においても6指標すべてで1位を獲得するなど、突出した顧客満足度を誇っている。

だが、「そういった調査の1位を目指したり、推奨したことはありません」と企画開発部部長 兼 新領域開発課課長の宗像興一氏はきっぱり言う。では、高い顧客満足度はどこから生まれるのか。

その理由について同氏は、「クオリティの高いアルバイトの存在が大きいのでは」と推察する。リッチモンドでは、アルバイトの人数の割合が社員に比べてかなり多い。合計20人が働くホテルを例にすると、社員2、3人に対して、アルバイトは17~18人だ。

『リッチモンドホテルプレミア盛岡駅前』のアルバイトスタッフ(写真:リッチモンドホテル提供)

このような体制は、リッチモンドのルーツであるファミレスのスタイルを踏襲して生まれた。さらに、これもロイホ同様だそうだが、他ホテルに「そこまでさせて大丈夫?」と心配されるくらい、アルバイトに権限を渡しているという。

「だからこそ自主性、主体性を持って働いてもらえます。指示を受けて働かされるのではなく、『自分たちで考えたサービスをしっかり届けたい』という意識で行動していることが、他ホテルとの大きな違いになっているのではないでしょうか」と宗像氏。

『リッチモンドホテルプレミア盛岡駅前』のアルバイトスタッフ(写真:リッチモンドホテル提供)

それを証明するのが、アルバイトから社員になり、その後幹部になっているメンバーの存在だ。実は取材相手の宗像氏、そして同席しているブランディングマネージャーの渡邉海氏も、元はアルバイトだったそうだ。お二人は、なぜ今も働き続けているのだろうか。

「さまざまな企画提案をして、それを実現できる環境にやりがいを感じました。1ホテルだけでなく横のつながりも多分にあり、全国からスタッフが一堂に会す機会も年に数回あります。賞与の時期にはグループホテルの無料宿泊券が出たり、各地でお互いにヘルプも盛ん。グループの一体感があるのも魅力でした」と、宗像氏は振り返る。

これにうなずきながら渡邉氏も、「たしかに。宗像さんとも同志みたいな関係です。アルバイト時代は違うホテルに勤めていましたが、ある企画で協働し、そこからは気軽に声をかけあう間柄になったんです。そんな方がたくさんいます」と語る。

スタッフは国籍や年齢、所属ホテルを越えて、同志のような関係性を築いている(写真:リッチモンドホテル提供)

渡邉氏がリッチモンドでアルバイトを始めた理由は、留学から帰り、「ホテルなら外国人が来て英語が話せるのでは」と思ったからだそうだ。結果、外国人客はほとんど来なかったそうだが、アルバイトの枠を越えて多くの権限を任され、日々ゲストと向き合う中で、接客業の虜になった。

「ビジネスマナーを学ぶ機会も多かったですし、それを他ホテルのスタッフとつながって共有し、仕事に活かせる環境が魅力に感じました」と笑顔で思いを馳せた。

ボトムアップで現場の声を

では、アルバイトが主体となって提供するリッチモンドのサービス姿勢とは、どういったものなのだろうか。尋ねると、宗像氏はちょっと困ったようにこう答えた。

「基本のサービス指針は企業理念にある『ひとと自然にやさしい、常にお客さまのために進化するホテル』を目指しており、ベーシックマニュアルも存在します。ですが、それ以外は変幻自在といいますか、現場スタッフが考えて行動できるようにしています。

たとえば弊社では、顧客ターゲットを全国43ホテルで4分類しており、レジャー、ビジネス、その間が2分類あります。それぞれに、そして立地やゲストによっても求められるサービスは異なるため、必要とされるサービスを各ホテルで考えているのです。

一番お客様の近くにいる現場スタッフが、目の前のゲストに行いたいサービスをどう表現していくかを重視しているということです」

トップダウンではなく、ボトムアップ。現場の声を拾うサービス。だからこそ、日々刻々と変わるゲストのニーズに応えることができるのだ。

そして、これを象徴するのが、「CS向上委員会」の存在だ。「CS向上委員会」とは、社員、アルバイト、社歴にかかわらず、サービス向上に想いを持ったメンバーが各ホテルを代表して集う会議のこと。年に1、2回集まって、日々の接客から生まれる疑問や課題を共有、「自分たちはどんなサービスがしたいのか」について2日間ディスカッションを行う。

2019年に開催された「CS向上委員会」の様子(写真:リッチモンドホテル提供)

「過去には、お客様に向けて『どんなサービスがあったらうれしいですか』というアンケートを実施したこともあります。その結果を受けて当時は前例のなかった消臭・除菌スプレーと、携帯電話の充電器を全ホテルに設置しました」と宗像氏。

「おもてなし」を真面目に語り合う

2023年は、「おもてなし原点会議」という名称で活動し、「コロナ禍でお客様との間に生まれてしまった距離を縮めるために、どういうおもてなしがしたいか」を分析。自分たちが行いたいサービス場面を映した動画を作成し、全ホテルで共有したという。

2024年は「おもてなし継承会議」という名称で活動することになっている。会議名や活動内容も、執行部に選出されたスタッフが話し合って決めているのだ。

「おもてなし原点会議」の結果、客室に消臭スプレーが常設されるようになった(写真:リッチモンドホテル提供)

他方、「リッチモンドアカデミー」という社内研修においても、現場スタッフが主体となるサービス姿勢が大切にされている。

「最初はお辞儀の角度や言葉遣いなど、いわゆるマナー研修でした。でもだんだんと、『あなたならこういうお客様に対して何ができる、何がしたいか』を場面場面で考えてもらい、『そういうことをしていいんだよ』と背中を押す内容に変わっていきました」

それぞれの顧客に対して最適なものを、最も最前線にいるスタッフ自ら考え、行動できる環境が整備されているのだ。

「自分で考えてサービスを行っていい」と伝える社内研修「リッチモンドアカデミー」の様子(写真:リッチモンドホテル提供)

設備面もまたしかり。たとえば、1995年の開業から導入している自動精算機の使い方も独特だ。訪れるゲストのニーズは、丁寧な接客を希望する人、時間のない人、誰にも接触せずに部屋に行きたい人などさまざまである。

そのため、自動精算機の横にスタッフが立ってゲストを観察。もてなしを希望する人は、あえて自動精算機を使わずにスタッフがカウンターでチェックインし、急いでいる相手には挨拶だけ。接触を避ける人にはほぼ声もかけないなど、個々のニーズを見極め対応している。

スタッフは自動精算機の横に立ち、ゲストのニーズを見極めてサービスを行う(写真:リッチモンドホテル提供)

「無難なホテル」だから選ばれる

ひるがえって、サービスを受けるゲストにとってはリッチモンドとはどんな存在なのか。

2015年、リッチモンドは「ゲストの本音を聞くこと」を目的とした会員向けインタビューを実施した。24人の募集に対して1000人もの応募があったというその場で最も多かった声が、「リッチモンドは無難なホテル」というものだったそうだ。

「無難というとネガティブに聞こえるかもしれませんが、その意味を掘り下げると、『上司の出張の宿泊先に選んでハズレがない』『知らない土地でも安心して泊まれる』『部屋が狭すぎず朝食がおいしい』『きれいで価格も手頃』……など、ポジティブな意味合いだったのです」と宗像氏。

『リッチモンドホテルプレミア東京スコーレ』のザ・ロイヤルブックルームの一例(写真:リッチモンドホテル提供)

この答えを聞いて、思えば筆者も出張の際、同様の逡巡の結果、リッチモンドを選んだ記憶が蘇った。これを伝えると、「そこが非常に大事なのではないでしょうか。なにかひとつのサービスを尖らせるのではなく、『いつも期待を裏切らない準備をする大切さ』がリッチモンドらしさなんだとそのとき再認識しました」と力強い答えが返ってきた。

「リッチモンドらしさ」。実は今回の取材を通じ、宗像氏が何度も言った言葉だ。その真意はどこにあるのか。改めて問うと、「人の良さ」だと即答された。

「お伝えしてきた通り、私たちはターゲットを1つに絞って、そこに向かってマニュアル的に提供するサービスは行っていません。目の前のお客様に丁寧に対峙し、ニーズにコツコツ対応しています。

その根底にあるのは『お客様のために』という姿勢。研修、マニュアルでも強調しているのはそこです。60年以上にわたる外食産業で培った『顧客第一』の姿勢とホスピタリティが集約されているのだと思います」

温かい笑顔で接客する『リッチモンドホテルなんば大黒町』のアルバイトスタッフ(写真:リッチモンドホテル提供)

だからこそ、人の良さがリッチモンドらしいのです、と宗像氏。社員であろうとアルバイトであろうと、自主的、主体的なサービスを行うことを重んじる企業風土が、そんな人を生み出しているのだ。らしさは、「ひとと自然にやさしい、常にお客さまのために進化するホテル」という経営理念にも色濃くにじんでいる。

総支配人=経営者である

人の良さが核にあるリッチモンド。だが、当然ながらホテルはそれだけでは経営を続けていけない。売り上げや利益はどのようにコントロールしているのか。

「経営のハンドルを握るのは各総支配人です。リッチモンドでは創業から総支配人=経営者と考え、FCさながらの権限を渡しています。そしてこれは、ES(従業員満足度)を重視した結果でもあります。総支配人は、予算作成から収入支出、客室単価、補修保全、イベントも含めて全責任を負っています。基本的に彼・彼女が出した意見を基にホテルは回っている。もちろん大変ですが、やりがいも大きいのではないでしょうか」(宗像氏)

東京メトロ押上駅すぐ、東京スカイツリーが目の前という好立地に立つ『リッチモンドホテルプレミア東京スコーレ』(写真:リッチモンドホテル提供)

自主性を重んじる姿勢は、経営に関しても同様ということか。ちなみに、採用権限も総支配人にあり、自らが一緒に働きたい相手を選ぶからこそスタッフを尊重し、アルバイトから出た意見も反映できる環境が成し得るそうだ。

聞けば聞くほどに温かい現場のイメージが膨らむリッチモンド。ただ、ある種性善説に委ねている部分も大きく、他ホテルがこの体制を再現するのは至難の業ではないかとも感じる。自主性を重んじるというと聞こえはいいが、そもそも、モチベーションが高く接客が好きな人材がいなければ、物事が前に進まなくなってしまうからだ。疑念をぶつけると、宗像氏は大きくうなずいた。

「そこは本当に恵まれているとしか言いようがないですね。ただ、自浄作用のような力も働いていると感じます。過去には、利益を重視してトップダウン的な指示を出す方もいました。でも、それだと現場は言うことを聞かず、必ずうまくいかないのです」

何事もボトムアップで従業員ファーストな姿勢は、もはや経営側が変えたくても変えられないのだ。「きっと、それもリッチモンドらしさです。でもなぜか誰も、この『らしさ』を端的な言葉で言い表すことができないんですよね」と宗像氏は微笑んだ。

2019年5月、『リッチモンドホテルプレミア京都駅前』の開業前に撮影されたスタッフ集合写真(写真:リッチモンドホテル提供)

これに対して、取材に同席した編集担当のO氏が、「リッチモンドらしさ」について「なんだかヨギボーみたいですね。形はわからないけれどあったかくて、ゲストにとっても働く人にとってもふんわりゆったり心地いい」と口にすると、宗像氏、渡邉氏は「たしかに」と目を輝かせた。

ヨギボーみたいなホテル。言い得て妙だが、なるほどたしかにそこには、期待を裏切られない温もりと心地よさが常にある。

『リッチモンドホテルプレミア東京スコーレ』Spaプレミアツインルーム(写真:リッチモンドホテル提供)

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