中国山東省の港で出荷を待つ比亜迪汽車(BYDオート)のEV COSTFOTOーNURPHOTOーREUTERS

<EVシフトを推進し、気候変動との戦いを長年率いてきたEUが7月5日、安価な中国製EVに追加関税をかけ始めた。自動車産業の雇用と利益を重視する姿勢は「自分の首を絞める」可能性も──>

誰に聞いても気候変動は急速に進んでいる。だが、気候変動との戦いにおいて長年リーダーの立場を取ってきたEUは目先の損得にとらわれ、健全な経済論理が見えなくなっているようだ。

EUは常に気候変動と戦う意思を示してきたが、一部の分野では自分の首を絞めている。例えば二酸化炭素(CO2)を排出するエンジン車の新車販売を2035年に禁じるとした措置。これは電気自動車(EV)の市場シェアを急拡大させて、CO2排出量を減らそうという大胆な一手だった。


しかしEVは従来のエンジン車よりも格段に価格が高く、禁止措置は物議を醸した。

EVが高価である必要はない。ヨーロッパで出回っているEVの半額で買える製品を中国は生産している。だがEUは安価な中国製を歓迎するどころか、およそ17〜38%の追加関税を7月5日に発動。

グリーン・トランジション(資源循環型経済や社会への移行)が「EUの産業を損なう不正な輸入に基づいてはならない」と欧州委員会は発表したが、追加関税からは気候変動対策より自動車産業の雇用と利益を重視する姿勢がうかがえる。

EUだけではない。5月、バイデン米大統領は中国製EVに100%の関税を課すと発表し、実質的に中国のEVを米市場から締め出した。トルコやブラジルなど自動車産業が盛んな国々も、中国製EVにはかなりの関税を課している。

EUのEV産業は大きな貿易黒字になっており、中国車の輸入が脅威になるとは思えない。何より気候変動は人類の存亡に関わる脅威であり、全ての国家がEVを含むグリーン産業を支援し、グリーン技術の開発競争に発展することが望ましい。

グリーン技術に対する政府の補助金を受けて開発された製品の輸入を各国が阻むなら、支援のメリット──迅速な技術開発や価格の低下──は大方消えてしまう。

新しい産業は国際競争にさらされる前にある程度の規模に成長するまで守らなければならないというのが、関税保護の大義名分だ。だが1世紀以上の歴史を持つ自動車産業に、この言い分は当てはまらない。

また特定の国が対象の関税は貿易転換を引き起こす。対象国の製品が競争力を失うと、第三国からの輸入が増える。関税で対象国の製品価格が上がれば、第三国は競争力を保ったまま価格を引き上げられる。

高い関税のかかった中国製EVにEUの消費者が高い金を払う場合、関税はEUの金庫に入る。EU製EVに高い金を払う場合、それはEUの自動車メーカーの利益となる。だが消費者が第三国のEVを買うようになれば、金は外に流れる。このように補助金相殺関税は経済的ダメージを伴う。

ほかに輸入先がないならダメージは大きな懸念にならない。だが中国はEUにとって最重要のEV輸入先でありながら、輸入台数の割合は全体の50%を下回る。

昨年EUは中国製EVの「急増」にいら立ち、補助金の実態調査を開始した。だが実際には日本や韓国からの輸入が増え、輸入台数における中国のシェアは22年よりも減った。


あいにくWTOには補助金相殺関税を禁じる規則がない。環境に配慮したグリーン製品を、補助金相殺関税の対象から除外する権限もない。

この手の貿易摩擦は今に始まった話ではない。EUはアメリカのボーイングに対する補助金に、アメリカはEUのエアバスに対する補助金に何十年も苦情を申し立てた末、航空機産業を補助する互いの権利を尊重することに同意した。

気候変動と本気で戦うと主張するのはEUも中国も同じ。ならばEVについて、両者は同様の合意を目指すべきだ。

©Project Syndicate


ダニエル・グロー
DANIEL GROS
ドイツ出身の経済学者。IMFのアドバイザーなどを経て、現在はシンクタンク欧州政策研究センター研究部長。主な研究テーマはEUの経済政策で、欧州議会への助言も行う。

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