作品が飾られた岩手のホテル COURTESY OF HERALBONY

<障害のあるアーティストの作品で多くのビジネス・コラボを展開。「岩手から世界へ」障害のある人に対する偏見をなくすヘラルボニー社の挑戦>

異彩を、放て──。

この言葉を使命に掲げる岩手発の福祉実験カンパニー、へラルボニー。知的障害のあるアーティストや福祉施設と契約を結び、作品を高解像度データで保存。

他社のプロジェクトや自社ブランドの衣服などにデータを使用するたび、作家にライセンス契約料や物販売り上げの一部を支払う事業を軸にビジネスを展開する。

既存作品のデータをやりとりするので作家に負担はかけず、継続的な収入にもなる。彼らの卓抜した画力に正当な報酬を支払うと同時に、障害がボトルネックにならないよう配慮された仕組みだ。

創業は2018年。共同CEOの双子の兄弟、松田文登と松田崇弥には知的障害を伴う自閉症の兄・翔太がいる。当事者家族として兄に対する世間のまなざしを変えたい思いが最大の起業動機だ。

ただ、障害のある作家の作品でIP(知財)ビジネスを行う試み自体は目新しくなく、これまでも主に非営利団体が取り組んできた。

へラルボニーが際立っているのは、「福祉で儲けるなんて」という社会通念を吹き飛ばすがごとく、福祉や支援の文脈ではなく、資本主義のど真ん中でビジネスをしているところだ。

松田兄弟は「経済的な成功を求めて起業したわけではない。でも社会的インパクトを追求することで、結果として経済的インパクトを生むのなら、協業してくれる企業や団体は増えていくはずだ。逆もまた然り」と自著で述べる。

謎の言葉「ヘラルボニー」を生み出した兄・翔太(中央)と座る松田兄弟 COURTESY OF HERALBONY

事業の急成長で23年までの2年で契約作家や施設へのライセンス料の年間総支払額は8.7倍となり、確定申告をする作家も現れた。月給約1万6000円で就労継続支援事業所で働く障害を持つ作家の家族から「奇跡が起きている」という声も上がっている。

会社設立直後は、期待したほど事業が伸びず、資金減に苦しんだ時期もあった。

例えば老舗洋品店・銀座田屋と商品化したネクタイは作家の細かな筆致の再現にこだわった力作だが、1点3万5000円程度と高価で販路も限られていた。知名度や社会的評価が十分でない作家の作品をデザインした商品が、なぜ高額なのか──。その思いを分かってもらうまでの道のりは想像以上に厳しかった。

しかし結果的に資本主義の中でもがいたことが、その後のへラルボニーにとって追い風となった。18年、パナソニック・グループの研究開発施設であるパナソニック・ラボラトリー東京で契約作家の作品がインテリアに採用されると大きな案件が次々に決まり、一気に流れを引き寄せた。

丸井とクレジットカードでコラボ COURTESY OF HERALBONY

国際アート賞も創設

COOの忍岡真理恵は、流れが好転した理由を2つ挙げる。

1つは同社のクリエーティブチームがキュレーター、デザイナー、ラグジュアリーブランド経験者、広告・営業、ITなど、ビジネススキルにたけたプロ集団であり、顧客のさまざまな要望に応える力量を備えていること。

もう1つは、顧客側の変化だ。「従来のエコグッズなどは飽和状態にあり、各社が差別化のために新しいストーリーブランディングを探していたところにうまくハマった」

年々、資金も人もESG(環境・社会・企業統治)を重視する会社に流れる傾向が強まっている。へラルボニーも19年から日本財団などが運営する支援プログラムに参加し、スタートアップ企業の段階的な投資ラウンドに従って資金調達を進めている。

利潤だけでなく、社会的インパクトも重視するESG投資家が活躍する時代と成長期がうまく連動したことも、へラルボニーにとって幸運なことだった。

支援プログラムで事業の中長期的なロードマップを策定し「社会に根付く障害のある人への偏見が払拭される」という大目標に向け会社が進むべき方向性が定まった、と松田兄弟は語っている。

昨年12月にはESG重視型のベンチャーキャピタルファンド、Mパワー・パートナーズ・ファンドをリード投資家に迎え、草創期から脱して拡大する段階である投資ラウンドで資金調達を行った。

Mパワー・パートナーズはベストセラー『ファクトフルネス』の翻訳で知られる関美和らが設立した女性投資家によるファンドで、将来性が見込まれる社会的企業に積極的に投資を行っている。

日本航空の機内アメニティーなどにも採用 COURTESY OF HERALBONY

海外ネットワークに強い同ファンドがへラルボニーに寄せる期待は国際進出だ。海外ブランドへ売り込みを強化するとともに国際アートアワードを創設。今後は契約作家を国外にも求めていく計画だ。

また、企業のDE&I(多様性、公平性と包括性)推進に伴走する研修プログラムの提供も始めた。

テレビプロデューサーから脳神経科学の研究者まで、業務拡大による採用増で社員の経歴はますます多様性を増していて、車椅子利用の部門管理社員もいる。こうした組織特性を生かした新規事業の1つが、企業向けDE&I推進事業だ。

忍岡自身も前職の経済産業省やフィンテック企業で「紅一点」と言われてきた。「ジェンダーマイノリティーだった私も、残りのキャリアをこの会社の可能性に懸けたいと思って転職してきた」

障害のある人に対する偏見をなくす挑戦は、あらゆるマイノリティーの「異彩」を放ち、世界に響くメッセージとなる。忍岡はそう感じている。

企業にとってダイバーシティ(多様性)はもちろん、エクイティ(公平性、公正性)も担保することの重要性が増している。単なる平等を目指すのではなく、多様な人々の特性や状況に合わせたサポートが必要ということだが、それは個の能力を最大限発揮できる組織にもつながる。ヘラルボニーが特殊な分野で能力を発揮する人々の力を解き放ち、その対価を得ているのはビジネスとエクイティの両立といえる。

また、アートについては以前から作品の売買が繰り返されても作家に正当な対価が払われず搾取が横行している問題があり、デジタル分野では作品の唯一性が保持できるNFT(非代替性トークン)を利用する動きがある。ヘラルボニーのライセンスビジネスもこの問題の解消を目指す流れに位置付けられる。

――解説:入山章栄(早稲田大学大学院経営管理研究科、早稲田大学ビジネススクール教授)

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