「どろたまボックス」作りました――。2023年度に相次いで不祥事が発覚した損害保険ジャパンが、企業風土の改善に向け、風変わりな名称の取り組みを始めた。「どろたま」は泥の付いたタマネギの略だという。石川耕治社長(55)に中身について詳しく聞いた。
「お客様の利益よりも自社の利益を優先してしまう文化があり、正しいことができなかった」。インタビューに応じた石川社長はまず、中古車販売大手ビッグモーター(BM、現ウィーカーズ)による自動車保険の不正請求と、企業向け保険の価格を保険会社同士で調整したカルテルの問題について、「企業カルチャーの影響が非常に大きかった」と反省の弁を述べた。
「泥の付いたタマネギ」は、会社経営に影響しかねないネガティブな情報や、粗さが残るアイデアなど、社員が有する生のままの情報を指す。これまでの企業文化について石川氏は「担当者、課長、部長、社長と上がっていくうちにどんどん洗われ、泥が取れてピカピカのタマネギになってしまった」と振り返る。
自動車保険の不正請求問題では、損保ジャパンを含む修理代金の水増しを疑った大手損保3社がBMとの取引を停止したが、同社だけは再開。BMに出向していた損保ジャパン社員から不正請求の疑いが報告されたが、本社部門は収益への影響を懸念して十分に対応せず、問題は深刻化した。
情報が上層部に上がるたびに各段階で上司らの意向をそんたくした結果、「泥」が落とされ、必要な情報が共有されなかった。トップに伝わるころには皮なども取り除かれ、最終的に「ラッキョウ」ぐらいの大きさに削られてしまったという。「実態とずれてしまって適切な経営判断ができない」。BM問題の再発にもつながりかねないと、石川氏は危機感を募らせた。
1月末で引責辞任した白川儀一氏から社長を引き継ぐと、風通しを良くする組織改革のために、どろたまボックスを作ることにした。
2月末に社内向けサイトに、専用コーナーを設置。営業の現場で起きていることや会社への違和感、組織改善のアイデアなどを社員が自由に投稿する目安箱のようなものだ。これまでに各地から直送された「どろたま」約550件は、石川氏が全て中身を確認。経営陣や担当部門が丁寧に回答しているという。システムや事務のルール見直しを求める意見などが多く寄せられており、退職の時期は3月末に統一した。これまでは人によってバラバラで、「後任の補充や新規採用が難しい」という声を社内規定に反映させた。
石川氏は「今まで現場には『伝えようとしても無駄ではないか』というところがあったと思う。現場の課題や認識をどんどん上げていく文化に変えていきたい」と意気込む。
損保ジャパンは、自社を含む損保4社が企業向け保険の価格を調整をしていたカルテル問題にも直面している。取引先企業との株の持ち合い(政策保有株)が問題の背景にあり、30年度末までに政策保有株をゼロにする目標を掲げている。
今後は株の持ち合いや商品購入などで取引先企業との関係を深めるといった旧来の商慣習には頼らず、「保険本業での勝負になる」と、石川氏は強調。営業力強化につながる社員の資格取得などの支援に向け、社内制度の設立を検討する方針も示した。
組織ぐるみ、業界ぐるみの不祥事を起こした損保大手に対する世間の目は厳しい。現場から仕入れた「どろたま」を活用して、経営陣は信頼回復につなげられるのか。目利き力が問われている。【井口彩】
ビッグモーターの不正請求問題
中古車販売大手・ビッグモーター(BM、現ウィーカーズ)が大手損保各社に対し、事故車両の修理に際して故意に傷を付けるなどして自動車保険の保険料を水増しして請求した問題。BM創業者の兼重宏行氏は2023年7月に社長を辞任した。
金融庁は、損保ジャパンについて、顧客の利益よりも自社の営業成績に価値を置く▽上司の決定には異議を唱えず上意下達▽芳しくない情報が経営陣や親会社に適時・適切に報告されない――という三つの企業体質が歴代経営陣によって醸成されたことを問題視。24年1月、同社に業務改善命令を出した。
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