ローランドDGの小川和宏常務執行役員(右)。田部耕平社長は買い付け側の立場であるため、4月26日の記者会見でも小川常務が説明の場に立った(編集部撮影)産業印刷機中堅のローランド ディー. ジー.(DG)は、投資ファンドで大株主のタイヨウ・パシフィック・パートナーズと組んだMBO(経営陣が参加する買収)を目指している。その一環としてタイヨウによるTOB(株式公開買い付け)が行われている。そこに対抗的TOBの予告で「待った」をかけたのがブラザー工業だ(詳細は3月21日配信『ブラザー工業が「対抗TOB」で狙う三度目の正直』)。ブラザーが示した1株当たりのTOB価格は5200円とタイヨウの5035円を上回っていた。しかし4月26日、タイヨウが価格を5370円に引き上げるとともに、TOB期間を5月15日まで延長した。ローランドDGも歩調を合わせて同日に記者会見を開催。かねてより懸念として表明していたブラザーに買収されることで発生する「ディスシナジー」について口を開いた。そこで会社の執行サイド代表として表舞台に立っている、ローランドDG常務執行役員の小川和宏氏により詳しく話を聞いた。

 

――ブラザー工業によるTOB案に当初から「ディスシナジー発生」の懸念を表明していました。その内容を改めて教えてください。

ディスシナジーの主たる内容は印刷機の中核部品に当たるインクジェットヘッドの供給に関するものだ。自社生産はしておらず、使用するヘッドの8割をサプライヤーの「A社」から調達している。残りはブラザーと別のサプライヤーからそれぞれ1割ずつ仕入れている。

A社からは戦略パートナーとして認識されており、価格面、新型ヘッドの供給、技術情報の提供と大きく3つの観点から優遇してもらってきた。とくに大きいのは3つ目の新技術に関する情報や新製品の開発状況の提供だ。これがあることで、当社は将来の製品計画を立てることができる。逆に、この情報がないと、いつ、どんな印刷機を造るかを考えることができない。

A社とブラザーは同じ部品を製造している競合だ。ブラザーの傘下に当社が入れば、これまでどおりの関係が続けられないのは当然だ。「敵」の会社に自社の最新製品を提供すれば、分解されてまねされると考えるのが普通であり、われわれが言うまでもない。

高い確率でディスシナジーが発生

――ディスシナジーの具体的な内容はこれまで伏せてきました。なぜ4月26日になって公開したのでしょうか。

ブラザーの傘下に入った場合の取引関係について、「技術支援は停止せざるをえない」などの回答がA社から得られたからだ。それにより当社が想定しているディスシナジーがかなり高い確率で起こるということの証明ができた。

もっと早く開示すべきだったという意見があることは承知している。私も正直遅いと思っている。しかし、懸念であり確証とはいえない時点で株主を迷わせることは言うべきでないと判断した。

A社から得た回答を踏まえてディスシナジーの影響度を第三者に試算してもらった。そうすると、2026年12月期時点で営業利益が50億円下押しされるとの結果だった。買収がない場合に見込める営業利益は62億円。つまり8割に相当する。

――利益の8割をA社との関係に依存するとなると、そもそもの事業構造にリスクがあるとはいえませんか。

リスクがあるのは事実。品質やサポートなど総合的にヘッドの評価をした結果として、全体の8割をA社が占める状態になった。しかし、いい製品を選んで使うこと自体は間違っていないと思っている。また、A社との関係が緊密でないと8割まで増やさない。

――ローランドDGの主張にブラザーはどう反応しているのでしょうか。

ブラザーから最初にTOB提案を受け取った2023年9月以降、ディスシナジーに関する指摘をしているが、「ディスシナジーの発生はない」としか言ってこない。「起きない」というのであれば明確に示してくださいと、ブラザーには伝えている。

もちろん、トータルでみてディスシナジーを上回るだけのメリットがあればいい。ブラザーからはシナジーについて、自社の潤沢な開発人員の一部を当社に回す、開発費用を増やすなどの提案を受けている。しかし、具体的な施策にまでは落とし込めていない。ディスシナジーを打ち消すような施策の提案をいただいていないと私は認識している。

ブラザーのTOB価格の妥当性に疑問

ディスシナジーを打ち消すほどのシナジーを生み出すことは難しいとも考えている。当社の営業利益率の実績値を基に考えると、営業利益50億円のマイナス効果を打ち消すには、500億円の売り上げが必要となる。これは当社の今の売上高とほぼ同じ額だ。

A社の回答を踏まえると、程度の差はあれディスシナジーが発生すると考えるのが普通。ディスシナジーが起きない前提でブラザーがTOB価格を5200円としたのであれば、その妥当性については疑問だ。今後価格を見直すにしても、マイナス部分をしっかり評価して、株主に提示すべきではないか。

4月26日に公表した資料では「A社」からの回答を引用してディスシナジーの影響を訴えた(編集部撮影)

――ローランドDGの株主には、ブラザーに買収された後でのディスシナジー発生は関係のないことのように受け止められませんか。

アメリカでは高いTOB価格を提示したほうが勝つのが一般的。しかし、日本では少し状況が違うのではないか。経済産業省が昨年8月に公開した「企業買収における行動指針」では、買い付け価格だけでなく企業価値を評価することも求められている。

株主にとっての利益は最優先事項だ。しかし、従業員、買収先の企業、顧客などを含めたすべてのステークホルダーにとって、成長を続け、企業価値を向上していくことは重要だ。企業価値の向上と株主利益、2つの軸を持ってタイヨウの提案とブラザーの提案をわれわれは真摯に評価している。

――そもそもの質問ですが、なぜMBOをしなければならないのでしょうか。

非上場化して一気に企業価値を上げたいからだ。費用のかかる施策をスピード感を持って行うためにはMBOがふさわしいと考えている。

ローランドDGは海外売り上げ比率が90%を超えるが、欧米が70%ほどを占めている。企業価値を高めるうえでは新興国の開拓が欠かせない。

上場したままでは難しいと判断

新興国は価格競争の激しい市場だが、しっかりと差別化をすればそれなりの価格で製品を販売できると踏んでいる。そのためには子会社を作る、現地の代理店と契約するなどして販売網を整備しなければならない。ほかにも、研究への追加投資や他社協業などいろいろなアイデアがある。

これらの費用は短期的に利益の圧迫要因になる。利益が減れば株価に影響するので株主に損失を与えてしまう。株主利益とのバランスをみながらでは、世の中の流れについていけない。人・モノ・金をだらだらと投入しても効果が薄いので、ぎゅっと凝縮して企業価値向上施策を推進したい。

――MBOも選択肢に入れた企業価値の向上策について検討を始めたのはいつからですか。

ブラザーのTOB提案よりもずっと前から議論していた。しっかりと企業価値を上げていかないと、今回のような状況がやってくることは想定していた。

MBOを表明する前の当社の時価総額は400億円前後。社内には約100億円のキャッシュがあった。すると実質的な企業価値は300億円前後。一方で当社はEBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)で年間70億~80億円ほど稼いでいる。

つまり時価総額の400億円前後で当社を買収しても、4年ほどで買収資金を回収できる。極端にいえばハゲタカファンドに買収されて事業を切り売りされる可能性もあった。それを避ける防御策として、しっかりと企業価値を高めなければならないと、社長とずっと会話をしていた。

MBO資金の回収は十分可能

――銀行からの借り入れも駆使してMBOを行う計画です。借金は今後の重荷になりませんか。

事業で実績を上げて、最後はキャッシュを回収するところまで持っていく。2年後、3年後、5年後と将来の企業価値を試算して向上できるメドが立ったからこそMBOに踏み切っている。(独立社外取締役から構成される)特別委員会でも検証し、戦略の実効性は十分あると判断した。

タイヨウが引き上げたTOB価格5370円でも十分回収可能だと判断している。それこそ7000円、8000円といった価格なら妥当ではないだろう。会社がもたない。株主にとっては利益になるが、そのようなことは経産省の指針に沿わない。

――MBOで企業価値を向上させた後は再上場する考えなのでしょうか。

現時点で私から回答することはできない。出口戦略については社長やタイヨウが今まさに議論しているところだ。当然、選択肢としては上がってくるだろう。可能性は十分あるかなと思っている。

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