富川悠太氏(本人提供)
<テレビ朝日「報道ステーション」から「トヨタイムズニュース」へ。富川悠太さんが『報道、トヨタで学んだ伝えるために大切なこと』で著した「伝える力」>
テレビ朝日の報道番組『報道ステーション』のフィールドリポーターとして12年ほど各地を取材し、古舘伊知郎さんの後任としてメインキャスターを務めてきた富川悠太さん。テレビ朝日を2022年3月に退社し、現在はトヨタ自動車の専属ジャーナリストを務めています。撮影スタッフからは「上がり込みの達人」と呼ばれているほど、取材で出会った方々の心を開かせる技術には定評があります。
そんな富川さんが培ってきた「伝える力」の本質とは? 初の著書『報道、トヨタで学んだ伝えるために大切なこと』(PHP研究所)に込めた想いとともにお聞きします。
(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)
「報道の質が落ちているのではないか」
──富川さんが初の著書『報道、トヨタで学んだ伝えるために大切なこと』を執筆された背景は何でしたか。
「伝える力」の向上に役立つお話を多くの方に届けられたらと思ったためです。実はこれまで複数の出版社さんから、本を書かないかという依頼をいただいていたものの、断っていたのです。2022年3月、長くお世話になったテレビ朝日を退社しましたが、何も決まっておらず、まずはトヨタのこと、豊田章男さんのことを学ぶことに集中しました。現在はトヨタのオウンドメディア「トヨタイムズニュース」の企画・プロデュースをし、キャスターを担当していますが、転職当時は軌道に乗るのはこれからという段階。自分自身が何かを発信するのは、もっと地に足がついてからと思っていたんです。
『報道、トヨタで学んだ伝えるために大切なこと』
著者:富川悠太
出版社:PHP研究所
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その後、「伝える力」について届けていこうと背中を押されるきっかけが2つありました。1つめは、後輩や他局のアナウンサーから、「伝える力」について話を聞かせてほしいといわれる機会が多かったこと。できるだけ時間をとって話してきましたが、限りがありました。
2つめのきっかけは、2024年の元旦に起きた能登半島地震です。現場に行って状況を伝えたいという思いが湧きあがる一方で、いま僕が行っても邪魔になってしまう。そう考えながら被災地の報道をテレビで観ていると、おこがましいかもしれないのですが、報道の質(伝える力)が落ちているように思えてしまった。「もっとリアルな状況を伝えられるはずなのに......」と強く感じたんです。
そうしたタイミングでいただいたのが、今回の執筆依頼。私自身が学んできた「伝える力」を届けるタイミングだと思い、一歩を踏み出そうと決めました。
なぜ、富川さんは「上がり込みの達人」と呼ばれるのか?
──富川さんが「相手に寄り添うこと」を大事にしているのが著書からも伝わってきました。
「相手に寄り添う、相手の役に立つことを探す」のは、人間関係で普通のことなんですよ。特に災害や事件の現場だと、困っている人の役に立ちたい一心で自分にできることを探すようになります。被災地なら、たとえば瓦礫の片づけを一緒にしていると、相手が自然にお話をしてくれるんです。
「何か私にできることはないですか」というスタンスでいる。すると、「とりあえず家に上がりなさい」と誘われて、一緒にお茶を飲みながら話す機会が増えていくんです。
こうした「斜めに入っていく」スタイルのほうが、質問して答えてもらおうとする「直角」スタイルより、リアルな話が聞けます。やがて「富川さんの取材なら答えてもいい」という方が増えていき、撮影スタッフから「上がり込みの達人」と呼ばれるようになりました。
──特に印象に残っているエピソードはありますか。
2016年に熊本地震の際に出会った八重子さんのことです。民家の被害の様子を取材していたら、避難所にいたはずの八重子さんという方が自宅に戻っていました。「お困りのことはないですか」と聞くと、入れ歯がなくて困っているというのです。家は物が散乱して足の踏み場もない状態。僕も一緒になって入れ歯を探したところ、無事発見することができた。水道が止まっていたのでペットボトルの水で汚れを洗ってからお渡しすると、八重子さんは涙を流して喜んでくれたんです。「あなたは命の恩人です」と。僕も嬉しかったですね。
八重子さんはその後お亡くなりになりましたが、彼女のご家族とは今もつながっていて、先日も連絡をとって、ご家族のお宅にお邪魔してきたばかりです。
──取材の一度きりの関係で終わらずに、その後もご本人やご家族と関係性を育てられているってすごいことだと思いました。
取材先で出会った方とは自然と仲良くなりますし、僕のことを家族のように思ってくださる方が全国にいる。だから、その人たちに会いたくて会いに行くという感じです。それで迷惑がられたことはありません。人って「自分の役に立とうと真剣に考えてくれる人」を無下にはしないと思うんですよね。
使命を感じさせてくれた豊田章男会長の言葉
──テレビ朝日の「報道ステーション」でメインキャスターを務めて、そこからトヨタの専属ジャーナリストへと転身されたのは、大きな変化だったように見えます。この転身の背景には、どんな想いがあったのでしょうか。
僕は「リアルを伝える」ことにこだわりがあって、報道ステーションでもそれを一貫して大事にしてきました。ただ、表現できる部分に限りがあるとも感じていました。また、取材の企画を出しても全て通るわけではありません。かなり僕の意志を尊重してくれる職場でしたが、僕の中では、「もっともっとリアルを伝えて、役に立てるのではないか」という思いがありました。
そんな中、取材をきっかけにお付き合いのあったトヨタ自動車会長の豊田章男さんの「伝える姿勢」への共感が強まっていきました。章男さんは世界的企業のトップでありながら、気さくで、ものすごく現場を大事にしています。そして、まさに「人のために行動する」の体現者です。
章男さんには「もっとリアルを伝えたい」という思いがありました。日頃から、記者会見などで話したことの一部が切り取られて、意図とは全く違うものとして報道されることに、もどかしさを覚えていたんです。メディアは視聴率やアクセス数を上げるために、インパクトのある部分だけを報道することもある。それでは本当に伝えたいことが伝わらない。ならば自分たちでトヨタの真実をありのままに届けよう──。そんな思いで始まったのがトヨタイムズです。PRのためではなく、約38万人の社員に、会長の思いやトヨタの現場、将来の構想を、包み隠さず伝えることを目的としています。
僕は章男さんとめざす方向が同じだと感じました。会長(当時は社長)自身がこの姿勢を大事にしているトヨタでなら、新たな挑戦ができて面白いのではないか。そんな思いから専属ジャーナリストになると決めました。章男さんから「これまで通り、ストレートに疑問をぶつけ、現場を取材して伝える姿勢でやってほしい」といわれたときには、再び「伝える」使命を感じることができました。
「相手の視点に立つ」と「俯瞰で見る」の両立
──トヨタイムズの動画からは、富川さんが心からトヨタの現場の取材を楽しんでいるのが伝わってきます。
トヨタには面白い取り組みがいっぱいあるんです。たとえば「『子連れ出勤』トライに1日密着!」の動画も、ぜひ配信したい内容でした。トヨタの2つの工場で、子育て世帯の働き方の選択肢を増やそうと、初の子連れ出勤のトライアルが始まりました。
配信にあたり、社内から「(従業員とその子どもが職場にいるシーンを流したら)視聴者が子どもに気をとられてミスにつながると思うのでは?」と不安視する声もありました。もちろん、「トヨタを守りたい」からとそういう意見が出るのは理解できます。ただ、だからといって伝えるものを削っていくと、伝わるものも伝わらなくなってしまう。そこで、色々な部署の力を借りて、取り組みの良さが最大限伝わる形に工夫を重ねていきました。実際配信すると、社内外から良い反響を得られました。
トヨタの現場には、世の中に伝えきれていない良い面がある。それをありのままに伝えれば、社内外で幸せになる人が増えるし、トヨタの開発も加速するはず。そのように確信しているので、トヨタのリアルを見つけ出し、伝えていくことが僕の役割だと捉えています。トヨタの社員でありながらも、これまで通りの感覚を大切にして、「当たり前」と思われていることでも、伝える価値のあるものがたくさんあるので、そこに目を向け続けたいですね。
それは、報道キャスター時代に培ってきた「俯瞰的に見る」ことにも通じます。現場から中継するときは、カメラの動きを見ながら、いまの自分を含めた現場が視聴者にどう見えているのかをイメージしていました。
──「相手の視点に立つ」と「俯瞰的に見る」の両立に活きるトレーニング方法はありますか。
おすすめは、自分が話している様子を動画撮影して、自分で見ることです。僕が恵まれていたのは、自分が出演した映像を録画してその日に確認するのを習慣にできたこと。自分を見ると、「こう説明するとよかったな」などと気づきがあるものです。
たとえばプレゼンをする予定なら、本番に近い状態で話している動画を撮って、見てみてください。自分が話す姿を自分で見るのは俯瞰するトレーニングになります。反省しすぎず、視聴者として気楽に、前向きに見るといいですよ。
いかに一人ひとりの力を引き出して最大化するか
──富川さんは、「相手に寄り添い、みんなのために動く」という利他的な精神に徹しているように思います。こうしたあり方や価値観に影響を与えた出来事はありましたか。差し支えない範囲でお聞きできれば幸いです。
自分一人の力は微々たるものだと常々感じてきたことです。番組の収録一つとっても、ディレクターや取材する人、ADなど全員が力を合わせてはじめてできることです。報道ステーションの場合は100人以上が関わっていますし、トヨタイムズは、出演者、ディレクター、動画編集者、CGデザイナーなどの協力のもとで成り立っています。だからこそ、「いかに一人ひとりの力を引き出して最大化するか」という問いと向き合ってきました。
また、振り返ると、子ども時代から野球というチームスポーツをしてきたことも、いまの価値観に影響しているかもしれません。ポジションはショートだったので、自然とキャプテンのような目線でチーム全体に目配りしていました。たとえばピッチャーが緊張していたら冗談をいって、緊張をほぐすことも。ムードメーカー的な存在だったと思います。
報道ステーション時代も、あの古舘伊知郎さんの後任になったときには、「とにかく頑張ります」という感じでしたが、本当に皆さんが支えてくれました。僕は天才でもなんでもないからこそ、積み重ねる必要があるものばかりで、皆さんの力を借りて、チームとして戦わなければならないという気持ちが根底にあるんでしょうね。
──最後に、今後のビジョンを教えてください。
数年後も、「人の役に立つために伝えるべきことを伝えたい」という姿勢は根本的に変わらないと思います。ただ、豊田章男という人が「幸せの量産」を目標に掲げて、「自分以外の誰かのために」行動し続けているのを間近で見ているので、その姿を伝え続けたいと考えています。そうすることで幸せな人が増えるのは間違いないでしょうから。
富川悠太(とみかわ ゆうた)
トヨタ自動車のオウンドメディア「トヨタイムズニュース」キャスター。「トヨタイムズ」では、外部への発信のみならず、約38万人の社員(連結子会社含む)に、豊田章男会長の思いを伝えることを目的としている。1976年、愛知県名古屋市生まれ。東京都立国立高等学校、横浜国立大学教育学部小学校教員養成課程体育専攻を卒業。1999年4月、テレビ朝日に入社。2014年12月には、同年8月に筋萎縮性側索硬化症(ALS)で亡くなったいとこの富川睦美さんを取り上げた『笑顔の約束~難病ALSを生きる~』に出演。同番組は2015年11月に日本民間放送連盟のテレビ教養番組部門で優秀賞を受賞。2016年4月11日に古舘伊知郎氏の後任として『報道ステーション』のメインキャスターに就任。2022年3月末、テレビ朝日を退社。同年4月1日、トヨタ自動車に入社。同年12月、「トヨタイムズニュース」キャスター就任。プロデューサーも務め、「先人たちの想い」や「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」、「マルチパスウェイで目指す脱炭素社会」など、トヨタの「過去・現在・未来」を伝えている。
トヨタイムズ(toyotatimes.jp)
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