労働者の町、ペンシルバニア州のピッツバーグで支持を訴えたトランプ(11月4日) REUTERS/Jeenah Moon

<この選挙公約だけは守られないで欲しいと、先進国もグローバルサウスも等しく指導者が願う理由は>

アメリカ史上最も荒れ狂った大統領選が終わり、舞い上がった砂塵も収まった今、多くの人が気にしているのは、ドナルド・トランプ次期大統領が公約に掲げた経済政策を実施したら、アメリカと世界にどのような影響が及ぶかだ。

選挙戦中トランプは繰り返し、製造業の雇用を守るため外国からの輸入品に10%、中国製品には最高で60%の関税をかけると主張。外国に生産拠点を置く米企業を課税などで罰し、不法移民を大量に強制送還するほか、外国人がアメリカ人労働者の職を奪わないよう入国を制限すると誓った。


「製造業ルネサンス」とうたわれたトランプのこの構想は魅力的に見えるかもしれない。実際、選挙結果が示すように多くの有権者はそう思った。金融市場もトランプの勝利を好感している。選挙後、ドル相場は上昇。S&P500種の終値も前週比で1年ぶりの上昇率を記録した。

しかし現実はそれほどバラ色ではない。ヒトとモノの流れを制限するトランプの政策に、専門家は厳しい見方をしている。ピーターソン国際経済研究所の最近の報告書はトランプが張り巡らす貿易障壁の影響を検証し、輸入品に関税をかければ物価が上がり、特に低所得層と中間層の家計に重い負担がのしかかると警告した。

関税をかけても物価の上昇は一時的で、その後は落ち着くとの見方もあるだろう。そうであれば、長期的なメリットが短期的なコストを上回る可能性もある。

だがトランプ流の通商政策は米経済に長期的なメリットどころか深刻なダメージを及ぼしかねない。なぜか。輸入品に関税をかければ、困るのは消費者だけではない。当然ながら国内企業の生産コストも上がる。

トランプ流の通商政策には大きな見落としがあるのだ。それは国内の製造業が輸入資材に大きく依存していること。輸入資材が値上がりすれば、米国製品の価格が上がり、米製造業の競争力は低下する。ひいてはトランプの掲げる「外国からの雇用の取り戻し」も絵に描いた餅となりかねない。


加えて、外国にある米企業の生産拠点の国内回帰を促すトランプの政策も裏目に出る可能性がある。例えば、中国に代わる生産拠点として米企業が盛んに工場建設を進めてきたインド。「アメリカの労働者を守る」という名目で米企業の直接投資を規制すれば、打撃を受けるのはインド経済だけではない。米国製品の生産コストも上がる。トランプの政策は競争力の低下ばかりか、広範囲に及ぶ地政学的しわ寄せをもたらし、インドとの防衛協力の強化を目指す米政府の長年の外交努力を帳消しにしかねない。

しかも、外国の安い労働力の利用を制限すれば、他国、特に中国が価格競争で米企業を打ち負かすことになる。アメリカが孤立を深めるなか、中国がアフリカ、アジア、中南米で足場を広げ、世界市場の占有率ばかりか地政学的な影響力も拡大するだろう。

生産拠点の国外流出については、アメリカ人労働者vs外国人労働者の単純な図式で議論されがちだ。そこで見過ごされているのは、工場の国外移転で企業の利益が増えること。解決策は安価な労働力の利用を制限することではない。増えた利益の一部を税制改革などを通じて富裕層から貧困層に再配分し、経済のグローバル化の恩恵がより公平に行き渡るようにすることだ。

民主主義国家では通常、選挙後に人々が心配するのは公約が守られるかどうかだ。その点、2024年の米大統領選は例外的なケースになった。勝者が公約を実行するのではないかとアメリカ人が、そして世界中の人々がハラハラ見守っているのだ。


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カウシク・バス
KAUSHIK BASU
インド出身の経済学者で、現在は米コーネル大学教授(経済学)を務める。過去にはインド政府の首席経済顧問(2009~12年)、世界銀行の上級副総裁兼チーフエコノミスト(12~16年)などを歴任。

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