朝から降っていた雨が上がり、夏の終わりを知らせる涼しさに包まれた9月の札幌。おそろいのレインボーカラーのTシャツを着ているのは「こころが男性どうし」のふうふと、2人の子ども「みぃくん」です。

黒いベルトのバックを肩からかけているのは、きみちゃん32歳。去年1月に男の子みぃくんを出産しました。きみちゃんは、からだは女性、こころは男性のトランスジェンダーです。

みぃくんを抱っこしているのは、きみちゃんのパートナー・ちかさん35歳。からだは男性、こころは男性ですが、日によって女性寄りの日もあって、好きになるのは男性だけです。

ちかさんは、きみちゃんについて「ひとりの人間として優しいし、頼りになる」と話します。2人は「こころが男性どうし」のふうふです。
(HBC北海道放送 泉優紀子)

きみちゃんとみぃくん(今年9月)

2人を取材してきたわたしが最後にみぃくんに会ったのは、およそ1年前。みぃくんはまだハイハイをしていましたが、1歳半を過ぎた今は元気いっぱいに、走り回ります。

家族として新たな道を歩んでいる2人は、先日、ある決断を伴う節目を迎えました。

■あたし、「卒業」します!
9月15日に行われた「さっぽろレインボープライド」。
性の多様性について多くの人に知ってもらい、差別の解消などにつなげようと、当事者や支援者らがパレードをしました。1000人以上が参加し、過去最多の人数を更新しました。

レインボープライドに参加するちかさん(今年9月 札幌市中央区)

「きょうは、いまお気に入りの女性アーティストの格好を真似してみました」
日によって、こころが女性のときもあるちかさんは、この日は久しぶりにスカートをはきました。

お揃いのレインボーカラーのTシャツを着て参加(今年9月 札幌市中央区)

ちかさんときみちゃんは共働きなので、みぃくんは保育園に通っています。ちかさんは「送り」の担当、きみちゃんは「お迎え」の担当です。実はちかさんは、みぃくんと向き合う時間をもっと確保するために、半年前にある決断をしていました。

3月30日午後6時半すぎ。わたしは、カメラマンと一緒に札幌ススキノのはずれにあるバー『7丁目のパウダールーム』に向かいました。この日でちかさんは、6年間勤めたこの店を卒業することを決めていました。

これまでも独創的な格好をして、お客さんを楽しませてきたちかさん。午後7時の開店を前に、おもむろに白のファンデーションを指にとり、顔全体に塗っていきます。

メイク中のちかさん

「最終日、白塗りなの?」
店長の満島てる子さんは、すかさずつっこみます。

店長の満島てる子さん

■「ちかさんがいなかったら、私はここにいない」
ちかさんは「下地は、キャンバスにしようと思って。三つ葉を書いて、四つ葉を1個だけにしてみんなに探してもらう。見つけた人が幸せになるみたいな」と、はにかみながら答えます。お客さんを幸せにしたいという、優しい思いが込められていました。

てる子さんをはじめ、この日の店のスタッフたちのドレスコードは「黒」。卒業や誕生日などその日の主人公がいる場合は、他のスタッフは黒服に徹するというのが、バーなどでは鉄則だといいます。

「きょうまで、おつかれさまでした…」

店の後輩たちが、メイク中のちかさんにお礼の品を渡しに来ました。

ちかさんにプレゼントを渡す仲間のスタッフ

いまこの店に所属しているスタッフのほとんどは、ちかさんより年下です。ちかさんが6年前に店に入ったときは、同世代の仲間がほとんどでしたが、新しい人生に進むために2~3年ほどで卒業しています。

メイクの下地に使うベビークリームや、チョコレートなど、ちかさんが喜びそうなものがプレゼントされます。店長のてる子さんからは、色とりどりのタオルが贈られました。

「家族で使えるバスタオルとか、赤ちゃんのおくるみにも使えるやつ」

「わーすごいレインボー!!もうどうしよう、ずっとお世話になってばかりで…」

感激した様子のちかさんに対し、てる子さんは「ほんとよね!たくさん世話したよね、私たち。この人が酔いつぶれているときとかさ~!」と後輩たちを巻き込んで、笑顔を誘いました。

魔ァ子さん

店の後輩の1人、魔ァ子(まぁこ)さんです。初めて客として店に来たとき、店番をしていたのが、てる子さんとちかさんだったといいます。

「Xを交換して家に帰ったら、ちかさんから『きょうありがとう、よかったらまた来てね』とメッセージをもらった。次も行こうかなと思って、気が付いたら働いていた。ちかさんがいなかったら私はここにいない」

ちかさんは照れながらも、「魔ァ子は次のスタッフのリーダーだから」と私に紹介。魔ァ子さんは、「やだ~!そんなこと、絶対思っていないのに!」と飛び切りの笑顔で返します。

ちかさんの独創的な格好は、東京で活躍するドラッグクイーンたちもちかさんに会いに来店するほど、注目されています。アニメのキャラクターや、ときには日用品や野菜などにも変身します。

左は「ぶどうの妖精」右のページの写真はある映画に登場する「札」

店のカウンターには、これまでのちかさんの「女装」写真をまとめた「顔面美術館」というタイトルの冊子も置かれています。常連のお客さんがつくってくれたものです。

後輩のみゆさん

後輩のみゆさんは、スタッフとして働く前からXでちかさんに注目していたといいます。「すごいメイクをする人だなと…。初めて出勤で一緒になったとき、予想外にちかさんがおとなしい方だったので、ギャップに驚いて」

「次は、みゆさんがこういうメイクをしてみるのはどうか」と私が聞くと、「ちかさんはもうレジェンドの枠なので、あのメイクの枠はもう永久欠番です!」と、笑いながら首を横に振りました。

■子どもの成長の一瞬はとても大切
ちかさんが、店を卒業すると店長のてる子さんに報告したのは、去年の年末から今年の始めごろでした。

ちかさんは、「子どもの成長の一瞬はとても大切だし、少しでも多く関わりたいという思いもあって、きみちゃんに任せきりだったところも多いから」と、引き締まった顔で卒業の理由を語ってくれました。

ちかさんときみちゃんは千歳市に住んでいて、店があるススキノとは車や電車で1時間ほどの距離があります。ちかさんは、この店の他にも別の仕事もしているため忙しい日々を送っていて、子育てをきみちゃんに任せきりになっていたといいます。

店長の満島てる子さん

店長のてる子さんは、店に勤め始めた6年前、引っ込み思案なちかさんが、メイクを通して自分なりの「楽しませ方」を少しずつ身に着けていったと、懐かしく振り返ります。

「このメイクのおかげでいろんな人に知ってもらって、たくさんの人に愛してもらったなって、店長としてすごく感じる」

店長のてる子さんにとって、店のスタッフは一生子どものような存在です。

「私もみぃくんの『おばあちゃん』と思っているから、いつでも孫の顔も見せに来て……って、なんか姑みたいね」

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