◆「書籍を刑務所に届けたい」と
男性は40年以上前、2人を殺害し、無期懲役判決を受けて35年近く服役した。このほど、仮釈放され、70代になった男性。現在は週5日の清掃の仕事を得て、保護司の面談も法務省の薬物再乱用防止プログラムも欠かさず参加している。無期懲役をテーマに執筆した「服罪-無期懲役判決を受けたある男の記録」(論創社)
記者も社会福祉士として定期的に会って、男性との対話を続けている。そんな中で、男性が「書籍を服役した刑務所に届けたい」との思いがあることを明かしてくれた。私も同じ思いだったため、男性と一緒に届けにいくことになった。◆「また収監されたら…」極度のおびえ、緊張の訪問
男性にとっては仮釈放後、初めて服役した刑務所を訪ねることになる。「また収監されたらどうしよう」と極度におびえる男性に、「何もしていないのだから大丈夫」と繰り返す記者。 約束の日、待ち合わせ場所に来た男性は、明らかに緊張していた。電車に揺られ、バスに揺られ、長い時間をかけてたどり着く。刑務所の面会手続き場所で、男性がさらに怖がったので、代わりに記者が窓口の刑務官に告げた。「本の寄贈をしたいのですが…」 あまりない申し出とみられ、刑務官は明らかに驚いている様子。数分後、「刑務所入り口に担当の刑務官が来るので、そこで手渡してください」と言われた。◆大勢の刑務官が驚きと喜びで迎え
刑務所入り口までは100メートルほど。この日は、数日後に控えた矯正展の会場準備で、偶然にも大勢の刑務官が所外に出ていた。 「えっ! なんで⁉」 一人の刑務官が男性に気付き、驚きの声が上がった。多くの刑務官がその声の方に振り向くと、一気に秋空に歓声が響いた。「元気だったのか?」「懐かしい!」。郷土の同窓生に会ったかのような反応だ。 男性は反射的に脱帽。背中を少し反るほどピンと伸ばし、10本の指先まで力を込めた。刑務官を前に人生の半分以上を保ってきた姿勢は簡単には抜けない。 「元気でやっています」と大きな声で報告する男性。「差し入れたい物があって来ました」とさらに声を張ると、ようやくほっとしたのか、男性は何だか笑顔を見せた。無言でうなずく刑務官たち。刑務官と男性の間に信頼関係があることは容易に想像できた。男性は続けた。「あの時誓った通り、更生の道を歩んでいます」 ◇ <コラム・社会福祉士 × 新聞記者>社会福祉士と精神保健福祉士の資格をもつ記者が、福祉の現場を巡って、ふと感じたことや支援者らの思い、葛藤等々を伝えていくコラムです。社会の片隅で生きる誰かのつらさが、少しでも社会で包んでいけるように願って。(木原育子)
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