レトロなデザインが目を引くのは、戦前の缶詰の複製品です。青森県は、明治時代から缶詰の製造業が発展し、とくに青森市は“缶詰王国”とも呼ばれていました。
その歴史に触れられる企画展が、青森市で開かれています。
レトロな缶詰が130点以上展示
ずらりと並んだ「クジラの大和煮」の缶詰。戦前に作られた缶詰の複製品です。こうした缶詰130点以上を展示した企画展が、青森市にある県立近代文学館のロビーで開かれています。
企画展を担当したのは、県立郷土館の学芸員・増田公寧さんで、今回、明治31年頃に青森市の製造所で作られた「ホヤの水煮」の缶詰を初めて公開しました。
県立郷土館 増田公寧 学芸員
「明治20年代の広告は見つかっていたんですが、ラベル自体が出てきたのはすごく大きいこと。東京大学の総合図書館にありまして100冊くらいあるファイルを1枚1枚めくっていった結果、このラベルを発見した」
県内では、青森市が大正時代から昭和の初期にかけては“缶詰王国”と称されるほど缶詰の製造が盛んでした。その活況を支えたのは、オホーツク海などを漁場とする「北洋漁業」でした。
“缶詰王国”だった青森
青森港には、多くの船が「サケ」や「マス」などを水揚げし、缶詰に加工しました。その販路は国内にとどまらず、輸出も盛んに行われ高い評価を受けました。
県立郷土館 増田公寧 学芸員
「この大きい缶詰は450グラムほど中身があるが外国の規格でいうと、ちょうど1ポンドに近い。輸出を念頭に置いて作られていたので、外国の規格に合わせて作ったということで、いまよりもかなり大きいサイズになっています」
缶詰の製造は、学校の実習にも採用されていて、こちらの写真は大正時代に八戸水産高校の前身となる水産講習所で撮影されました。
その伝統は引き継がれていて、八戸水産高校ではいまも生徒たちが缶詰の製造をして販売しています。
奥深~い『缶詰』の世界
奥深い缶詰の歴史、その魅力に触れてもらおうと増田さんは今回の企画展ではカプセルトイを用意しました。中に入っているのは、缶詰のラベルをデザインした「おみくじ」です。
河村庸市キャスター
「何が出るでしょうか?中吉が出ました。中吉は「鯨肉」ということで、昔の貴重なラベルとともにマメ知識も書かれています。これは家族と友達同士で挑戦してみても面白いのではないでしょうか?」
こうした缶詰の歴史は、製造していた会社でも時代が進むにつれて資料が散逸していて、今回の企画展は貴重な学びの場となります。
県立郷土館 増田公寧 学芸員
「大きい歴史も楽しいのですが、身近な缶詰とか食べものにも、一つ一つの長い歴史があって、また深い物語があることを展示を通して再確認していただければ大変ありがたい」
缶詰王国・青森県の歴史に触れる企画展は、青森市の県近代文学館で10月23日まで開かれています。
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