「赤ちゃんに薄めた粉ミルクを飲ませています」—。  子ども支援の認定NPO法人キッズドア(東京都中央区)には、ひとり親などで生活が苦しい家庭から、窮状を訴える声がいくつも届く。物価高などでの生活困窮の影響が乳児にも広がっている状況に、小児科医は健康へのリスクを懸念する。(中村真暁)

◆「アイスコーヒーや緑茶を薄めるのと似た感覚」だったが

 「薄めてはいけなかったんだ」。キッズドアから8月、ミルクに関するアンケートが届き、福島県内の女性(31)は息をのんだ。シングルマザーで、8歳の長男と生後11カ月の次男を育てている。  ミルクは規定より2割ほど薄めて作ってきた。「アイスコーヒーや緑茶を薄めるのと似た感覚でした」。アンケートには「生活が苦しく、ミルクを薄めている」といった子育て世帯の声が紹介され、読んだ瞬間に赤ちゃんの健康に悪影響があると直感した。

◆粉ミルク、5年前より2割高く 紙おむつもベビーフードも



 次男を保育所に預けて働くことを想定し、出産直後から母乳ではなくミルクを飲ませてきた。薄め始めたのは、飲む量が増えた生後3カ月ごろ。だが保育所は見つからず、満足に働けずに出費ばかりが増えた。  8月の小売物価統計調査で福島市は、粉ミルク(1缶800グラム)が5年前に比べて2割高い2457円。ミルク代だけで月1万円ほどかかる。食品や日用品、紙おむつやベビーフードも価格が高騰している。  児童扶養手当などを受け取り、女性が毎月使えるのは約14万円。家賃や光熱費もあり「出費をトータルすると、生活はきつい」。以前よりミルクを濃く作るようになったが、規定よりまだ若干薄い。「節約したい気持ちもあって」

◆「確実に届くプッシュ型の支援が必要だ」

支援のため子育て世帯に送られたミルク缶=認定NPO法人キッズドア提供

 キッズドアは8月、全国の支援家庭からミルクなどの困り事をアンケートで集めた。自由記述に答えた55人のうち11人が生活がきつく、ミルクを薄めたり回数を減らしたりしていると明かした。「ミルクやおむつが高く、家計を圧迫している」といった切実な声も多い。9月には緊急の対策として、女性ら45世帯にミルク2缶を送った。  「ミルクが高級化している。自治体に支援策があっても、情報が当事者に届いていない」とスタッフの渥美未零さん(39)。出産や子の名前を役所に届け出るタイミングを活用し「確実に届くプッシュ型の支援が必要だ」と訴える。

◆医師が警鐘「どういう支援が必要か、社会全体で考えて」

 乳児に薄めたミルクを飲ませ続けることの健康リスクとは? 沖縄県立南部医療センター・こども医療センター元院長で小児科医の安次嶺(あしみね)馨(かおる)医師は取材に「長短期的に健康上の問題が起こり得る」と説明した。  粉ミルクは母乳と同じように栄養が取れるよう、原料が調整されている。「薄めると、鉄分やビタミンといった栄養やカロリーが不足する」と指摘。特に1歳までの乳児期は、体重が新生児の3倍、身長が1.5倍、頭囲が1.4倍に急成長する時期で「肉体面や情緒面、脳の発育・発達が遅れる恐れがある」という。  最近の研究で「胎児や乳児の頃に摂取する栄養は、大人になった後も影響を及ぼすことが分かってきた」という。この時期の栄養不足が、成人後の心筋梗塞や高血圧、糖尿病といった生活習慣病の発症リスクにつながる恐れもある。

安次嶺馨医師

 「おなかがすくのは、赤ちゃんにとって相当なストレス」とも。専門家や行政などは、ミルクの正しい情報を伝える必要性があるとし「子どもたちは幸せになる権利がある。どういう支援が必要か、社会全体で考えてほしい」と訴えた。 

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