今年11月にアメリカ大統領選挙が行われるのに先立ち、岸田総理が今月、「国賓」扱いで訪米しバイデン大統領と会談しました。その後、間を置かず立て続けに自民党の麻生副総裁もアメリカを訪れトランプ氏と会談。その狙いや米大統領選が日本に及ぼす影響、岸田総理の演説がアメリカにもたらした効果とは…。アメリカ訪問から帰ってきたばかりの慶應義塾大学法学部教授で国際政治学者の細谷雄一氏に話を聞きました。(聞き手:川戸恵子 収録4月26日)
大統領選は“ほぼトラ”? 過去最も接戦になる可能性も
ーー米大統領選「ほぼトラ」とよく言われ、ほぼトランプ氏に決まりという受け止めで、麻生氏やイギリスのキャメロン元首相がトランプ詣をしているんじゃないかと言われていますが、現地でいろんな方とお話をされてどうお感じになりましたか?
細谷雄一・慶應大教授:
けさ(26日朝)ニューヨークから戻ってきました。先月もワシントンD.C.でいろいろと意見交換する機会もあったんです。過去最も接戦となった大統領選挙のようになるかもしれないということで、ほとんど事前の予測というものが多分意味がない。言ってみたら大統領選挙の前日に二人がどういう発言をするかによって流れが変わってしまうかもしれないと。それぐらい際どい今状況であるということが一つと。あとはこの「ほぼトランプ」というのは、これはあくまでも共和党の中ということだと思うんですね。共和党として、ほぼトランプ氏の対抗馬はいなくなりましたから、ここでは共和党候補としてはもうこれは確定していると思うんですけど。
問題は大統領選挙であまりにも予測不可能なことが多い。最もトランプ氏について予測不可能なことは、やはりこれからの裁判の行方ですね。私が聞いている中でもトランプ氏が有罪になれば10ポイントぐらい落ちるかもしれないと。つまりずいぶんと共和党支持者の中でも、有罪者を大統領にするっていうことに対する非常に強い抵抗がある。これは日本の議院内閣制と違って大統領というのは日本の天皇のような国家元首という国家の象徴ですから、道徳的な権威というものも兼ね備えていないといけない。そういったことを考えた時にやはり有罪である、犯罪者であるということは非常に重いことになる。裁判がかなり遅れてますので、どういうふうな影響が及ぶかということはなかなか予測が難しいんですけれども、裁判の方向性というものが大きくトランプ氏にとっては不確定要因。
バイデン氏にとっての不確定要因は健康問題だと思うんですね、これから色々と発言をする時に例えば記憶が飛んで間違った言葉を言ってしまうとか一時的に体調を崩してしまうとか、前例がない高齢の大統領候補ということで、もしも仮にバイデン氏が健康を損ねて一週間ぐらい入院するということになれば、ほとんど多分トランプ氏で流れが決まってしまう可能性ありますよね。
ーーその場合はバイデン氏の代わりの候補を立てるということは可能なんですか?
細谷雄一・慶應大教授:
民主党の中から随分とその声もありました。おそらく形式的には民主党の党大会までの間であれば充分に変えることは可能だと思うんですが、若い人に譲るべきではないかということで、声が出てたいたんですけれども、バイデン氏からしたら「トランプに勝てるのは俺しかいない」ということでむしろ元気になってる。
「トランプ2.0」で目指すリベンジ 閣僚には元駐日大使を起用?
ーートランプ氏はこれからどうしようとしてるんですか?
細谷雄一・慶應大教授:
一期目と違う「トランプ2.0」はとにかく復讐ですね。もうあの色々な人に対する復讐、おそらくリベンジするということ。今、トランプ氏の最大の政治的な個人的な復讐は一期目の政権でいわゆるその政権の中枢のエリート、トランプ氏はあの大統領の時にそういったエリートに「騙された」、つまり自分が「やりたいことができなかったんだ」と。なので一期目よりもはるかに自分の考えをそのまま実行する。つまり周りの信頼できるブレーンであるとかあるいはエリートに任せるんじゃなくて自分がやると。なので、この最大の不透明性が強いことに関して言うと誰が政権の中枢に入るかなかなか見えないんですね。
一方でトランプ政権時代の元日本大使のハガティ氏がいま上院議員で一期目なんですけれども、今回のあの岸田総理の演説を実現する上で中心的に動いて、共和党の中で一期目にもかかわらず相当程度影響力が拡大している。しかもトランプ氏にも非常に忠実ということで、おそらく閣僚で入るのではないかということで、もしもハガティ氏が入るとなると、日本にとって非常に心強い元駐日大使、まさに日本の友達がトランプの側近として入るわけですから、これは日米関係にとって非常に大きいと思います。
米議員の心を動かした総理の演説 世界情勢を動かした?
ーー今回の総理訪米もハガティ氏の根回しがあり、意外に共和党の方も議会演説で賛成して、これから日本はどういうふうにやっていけばいいのかというのが一番気になるのですが?
細谷雄一・慶應大教授:
まず第一に今回の演説ですが、おそらく日本政府の意図せずして、日本の総理の演説が世界の情勢を大きく動かしてしまったと。どういうことかというと本当にタイミングの問題なんですけれど、もともとアメリカの共和党の中には伝統的な国際派、もともと共和党政権は国際派が多かったわけですね。ブッシュJr.政権まではその中枢に多くの国際派、アーミテージ氏を中心としていたわけですけれども、国際派が外で今影響力が後退していると。一方で台頭してきたのはトランプ氏に忠誠心を誓った人たちということなんですね。言ってみたらウクライナ支援法案が通らなかったのも、これがもう本当に世界史を大きく動かすような重要なアメリカの支援ということになる、これがずっと出なければ本当にウクライナは負けてしまうかもしれない。そういった中でなぜ通らないかといえば、これはトランプ氏に忠誠的な議員が反対している。
ところが今回の演説を動かしたのが下院の外交委員長だったマッコール氏とそしてハガティ氏、この共和党の二人が動かしたわけですね。二人とも比較的国際派なわけです。この二人が動かして、そして岸田総理のあの議会での演説が実現したと。この演説がもう見事でした。本当に歴代で最もおそらく英語の発音がきれいな総理。ですからアメリカ人の心にしみると思うんですね。そしてフリントストーンであるとかスタートレックのようなアメリカのさまざまな有名なアニメ番組そういったものを入れると、なので本当にユーモアを含めて、つまり自分はアメリカとまさに友人として近くに居るそういった非常に効果的なメッセージを発したことによって、あの議場にいた多くのアメリカ議員が心動かされたと思うんです。
それまでトランプ氏は非常にその同盟国に対する敵視する発言が多かったんですよ。同盟国を敵視するような姿勢を示していた、ところが実際にその最も親密な同盟国の一つである日本の総理がきて演説をした時に非常にきれいに発音し、そしてアメリカのさまざまな文化を散りばめて、アメリカのリーダーシップをたたえて、そしてアメリカ一国で重たい責任を担うのではなくて同盟国もまたあの重たい責任を担わなくてはいけない、こういう言葉をちりばめたことによっておそらくですが、それを聞いていた議場の多くの共和党の人たちがこれMAGA(Make America Great Again=トランプ氏に忠誠心を誓った人)の人たちも含めて、もしかしたら心を動かされて同盟国というものが必ずしも我々が敵視する相手ではないんではないか、そしてこの(ウクライナへの軍事支援予算案)投票の直前にですねジョンソン下院議長がなんと言ったかというと、「我々の投票は我々の同盟国と世界が見つめていることを我々意識しなければいけない」と。つまりそれまではトランプ氏との関係を考えて、あるいは前の議長が引きずり降ろされましたから、同盟関係を強化するということに慎重だったんですが、はっきりとジョンソン議長がこの同盟国が見てるんだと、それに期待に応えなきゃと、これは間違いなく岸田総理の演説の効果だったと思うんです。
つまりたまたま同盟国としてアメリカの信頼できるパートナーだと言うメッセージを聞いた議員がその直後、翌週に投票するということになった。その時にぎりぎりで法案が通るっていうことになったわけですから、これはたまたまのタイミングで必ずしも向こうのニュースでもたくさん岸田総理の演説や訪米が報道されたわけでは無いですけども、そのインパクトの大きさということで言うと、その世論じゃなくてむしろ議会の中でのバランスを、共和党内でのバランスを私は動かしたのかなというふうに感じました。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。