被爆者と同等の医療費助成が受けられる見通しとなった「被爆体験者」。しかし当事者たちの顔に喜びはありませんでした。「被爆地域の外にいたおばあちゃんがお金欲しくて言ってるみたいね」。求めてきたこととかけ離れた「合理的解決」の内容に肩を落とす被爆体験者訴訟・原告団長の岩永千代子さん(88)。お金目当てだという誤解を防ぐため、裁判も賠償請求はせずに戦ってきました。「内部被ばく、この道筋ができれば勝ちだと思う。これを始まりにしないと」。
岸田総理は21日、被爆体験者への医療費助成を《被爆者と同等》とする方針を示した一方、15人の被爆体験者を放射性微粒子を含む「黒い雨」による被爆者と認めた長崎地裁判決については控訴する考えを示しました。
国が改めて否定したのは、被爆地域の外まで拡散した原爆の放射性微粒子による被ばくの可能性で、国は戦後一貫して原爆から二次的に発生した放射線の健康影響について「無視できる」という立場をとり続けています。
全国被爆体験者協議会 岩永千代子原告団長:
「これ受け入れられませんね。救済じゃありませんよ、差別ですよ」
被爆体験者の運動を牽引している岩永千代子さん(88)は、岸田総理の発表に「求めていたことと全く違う」と落胆しました。
被爆体験者とは、長崎に原爆が落とされた時に爆心地から半径12キロかつ国が定めた被爆地域の外にいた人たちのことをさす国の造語です。
被爆地域については、最初に指定された1957年当時から、周辺の住民から「国の線引きはおかしい」「自分たちも閃光、爆風、大量の塵や灰を浴び鼻血、下痢、脱毛の症状が出た、後に亡くなった人もたくさんいる」と訴えが相次いできました。訴えてきた人の大半は既に他界しています。
広島でも原爆が投下された後、被爆地域を超えて広く「黒い雨」が降ったことが知られています。
2021年の広島高裁判決は
「黒い雨に放射性降下物が含まれていた可能性があった」
「黒い雨に直接打たれた者は無論のこと、たとえ黒い雨に打たれていなくても、空気中に滞留する放射性微粒子を吸引したり、地上に到達した放射性微粒子が混入した飲料水・井戸水を飲んだり、付着した野菜を摂取したりして、放射性微粒子を体内に取り込むことで内部被ばくによる健康被害を受ける可能性があるものであった」と認定。
国はこの判決を受け入れ、広島で「黒い雨」が降ったとされる地域にいた人を被爆者と認定する《新基準》を2022年度から運用していますが、原爆による内部被ばくを認める、との説明はしていません。
広島高裁判決受け入れの際に出された「総理大臣談話」にはこうあります。
「『黒い雨』や飲食物の摂取による内部被ばくの健康影響を、科学的な線量推計によらず、広く認めるべきとした点については、これまでの被爆者援護制度の考え方と相容れないものであり、政府としては容認できるものではありません」
国は原爆が炸裂した時、数秒~数十秒間というごく短時間に起こる放射線被ばくは認めていますが、核爆発に伴って生成された「放射性物質」から出る二次的放射線については「影響は無視できる程度に少なかった」としています。(放射線影響研究所:「残留放射線」に関する放影研の見解より)
被爆体験者訴訟の原告団長を務める岩永千代子さんは、放射性微粒子がもたらす内部被ばくが無視され調査もされていないことに一貫して抗議を続けており、自分たちの体験・証言を元に原爆がもたらす被害の可能性の一つとして、内部被ばくについて調査・研究を進めることを求めてきました。
今回岸田総理が被爆体験者制度の拡充方針を示したことについて、岩永さんは「お金が欲しいのではない」と肩を落とし、「抗議しているのではない。私たちは真実を伝えている。内部被ばくで苦しんだ人たちがいたことを認めて欲しい」と話しました。
岩永さんは「たとえ被爆者に認められなくても、裁判に負けても、内部被ばくについての研究が進む道が開けたならばそれは勝ちだと思う」と話しており、控訴して訴えを続けていくとしています。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。