Jリーグが近年の気候変動問題を受け、できることに取り組んでいる。昨年設置したサステナビリティ部の2年目としてロードマップを示し本格的に動き出す。担当する辻井隆行執行役員に、競技団体として関わる意義を聞いた。(上條憲也)

辻井隆行(つじい・たかゆき) 1968年生まれ。早大―デンソーでプレー。早大大学院修了。99年にパタゴニア東京・渋谷ストア入店。2009年から19年まで日本支社長。22年にJリーグ理事(非常勤)、23年3月から執行役員(サステナビリティ部)。

「サッカーを続ける環境を守っていくために」と語るJリーグ執行役員の辻井隆行さん=東京都千代田区で

◆仲間作りから始めた1年目

 —どういう役割を担う?  2022年に理事になって半年ぐらいたったころ、組織体制が変わるのでできれば社会連携の部分を強化していく担当執行役員になってもらえないか、とお話がありました。土台の気候変動というところをやらないといけないと思うので、「サステナビリティ部」として器を広げてやらせてもらえますか、と。  —これまでの活動は。  まずは身近な仲間とサステナビリティについて互いの理解を、と1年目は力を注いでいました。社会連携もすごく大事だけど社内連携も大事。「サステナトーク」として何回か日々の業務後に気候変動について学び、懇親会をやったり。Jリーグは環境団体ではなく、あくまでもフットボールのプロリーグを運営する事業体。重なるところってどこだろうと。1年目は大きな方針や戦略をしっかり考える年、中から仲間を増やしていく1年でした。

◆今年は発信の年。チェアマンのスピーチも

 —2年目の目標は。  理事の時代に前任者がすべての公式戦をカーボンオフセットしますと宣言し、それに取り組んだりしていました。電力を再生エネルギーに切り替え、実質再エネで試合運営をしたり。ただ、それだけを発信するという意識はあまりなくて。クラブ単位でいえば1クラブのホーム試合は20日ぐらい。普段の事業を含め排出している二酸化炭素(CO2)を最終的にはゼロにしなければいけない。

2024年のJリーグ開幕イベントでスピーチする野々村芳和チェアマン

 今年は実走していきながら発信もしっかりしていかないといけない。チェアマンが、2月の開幕前のキックオフカンファレンスのスピーチに、気候変動について入れました。これも社内から、入れた方がいいですよねと提案してくれて。社内連携をやって良かったなと。

◆異常気象で中止や延期の試合が増えた

 —Jリーグが取り組む意味は。  フットボールという文脈で考えると、暑さ。このまま気候変動対策をしないと、気温があと4、5度上がることが分かっています。そうなるとサッカーもできなくなる。集中豪雨、線状降水帯、台風の激甚化で中止や延期になる試合数も増えています。根本的な理由、存在に関わることです。もう一つは、Jリーグも社会のメンバーの一員。僕たちって気候変動を目撃している最初の世代であり、解決できるかもしれない最後の世代なんです。社会の一員である時点で何かをやる必要があると個人的には思っています。社会的な要請もあります。  スポーツに期待されている役割と、サッカーを続けていくために根本的な原因に、きちんと向き合っていくことをやらないと。Jリーグだけで何かを解決できるものではなく、みんながちょっとずつやるのが大事。おそらくどんな団体も避けて通れなくなることだと思うので、競技団体さんと連携していきたいです。

◆リバプールにはヒントがたくさん

 —海外の事例は。  2月にロンドンに行きました。(イングランド・プレミアリーグの)リバプールやFA(イングランドサッカー協会)、ワールドラグビー、(テニスの)ウィンブルドンを訪れ、サステナビリティの担当者から話を聞きました。それぞれに担当者がいるんです。環境のことをやってこられた方などを外部から招いていて。リバプールには「リバプールファンデーション」という組織があります。

「サッカーを続ける環境を守っていくために」と語るJリーグ執行役員の辻井隆行さん=東京都千代田区で

 —ヒントになるものは。  すごくありました。リバプールだと、ホームスタジアムや練習施設は100%がクリーンエネルギー。その上で、なぜこれをやるのか、どうやるか、何をやるか、誰とやるか、いつまでにやるか、をすごくドキュメント化しているんです。スタートが2019年くらいで策定が2021年。(欧州と日本の)サッカーの(歴史的な)差ほどはないですよね。19、20年ぐらいから現状を分析して戦略を立てて、進展、管理を始めているんです。  Jリーグもロードマップを作って公表するのですが、学んだことは、リバプールはできないことをしっかり把握しながら良くしていく。たとえばCO2の排出量を全部開示しています。従業員の出張とか、スタッフ、選手のフライト、ファンの移動、スタジアムにどう来ているか、アウェーはどうしているか。食事。ゴミの排出。リバプール事業体全部としての排出を最初の19、20年と比較して2030年までに50%減らしますと宣言しています。  でも割と不正確な数字なんです。一人ずつ聞いているわけでなく、電車かバスか自転車ですかなどと一部のファンに聞いて、自転車ならゼロ、バスならいくつと係数を掛ける。でも、ざっくりでも出したほうが出さないより可視化される。そうすることで例えば、もう少しこうした方がいいのではと専門家から言われたら直していくことで精度が上がっていく。  この態度はすごくいいなと思いました。日本はだめなところをつつく。メディアも。売れるから。100点を取るまで情報発信しないから何も進まないし、歯切れが悪い。だけど、できることにフォーカスする方が絶対にいい。

◆パートナー企業と一緒に「線」から「面」へ

 —企業との関わりは。  リバプールのパートナー企業のSCジョンソンは、ホームスタジアムで出るプラスチックボトルを回収し、それで自社製品のパッケージにしたり。選手が使うドリンクボトルも使い捨てでなく、ペットボトルを集めてつくったボトルが去年から。別の企業は菜食メニューをスタジアムで出して、それをお金にすることもちゃんとやっている。  SCジョンソンが作った動画を見せてもらったんですが、遠藤航選手らリバプールの選手が出演している。ストーリーを伝えるから、企業側としてもうれしいですよね。リデュース、リユース、リサイクル。本気でやっていることが大事で、100点でなくてもいつまでにやっていきますという姿勢。SCジョンソンの動画だけをいきなり出していたら、リサイクルができてよかったね、で終わってしまうけど、2030年までのCO2の50%削減に向けた一環としてやっていると伝えれば「点」が「線」になって「面」で見えてきます。プレミアリーグでは全クラブが持っているわけではないけれど、強いところはやっています。  —スウェーデンも視察した。

生ゴミ由来のバイオガス含む再生可能エネルギー100%でマルメ市内を走るバス(Jリーグ提供)

 マルメ市に行きました。(元スウェーデン代表)イブラヒモビッチさんの故郷。今は特区になっていて、例えば生ゴミを回収するダストシュートは365日24時間、いつでも入れられるんですが、入れるとプシューッっと地下を通ってプラントに運ばれる。バイオガスにして、それを燃料にバスが市内を走る。マルメの人たちはどのバスに乗ってもCO2が出ない。例えばJリーグの試合でゴミを分別しましょうとサポーターがやります。これだけ実行する人がいるんだから行政も何か仕組みをつくりましょうよと数をもってアピールできる。何か楽しくやれる仕組みをつくれたらなと思います。  —そもそもサッカーはホームアンドアウェーで移動する。  だから社会システムが変わらないと難しいですよね。リバプールも明確には解決策は書いてなくて、より環境への負荷の少ない移動方法に移行すると書いている。でも今の段階で解決策はなく、社会の仕組み自体が変わっていかないと難しい。ユニホームなど衣類もクラブチームだけではどうしようもないですから。

◆問題ややるべきことを見える化する

 —日本でもサッカーを見に来る人でできることは。  CO2排出はもちろんゼロにしたほうがいいんですけど、実質的な排出を抑えることよりも、問題ややるべきことを見える化することに意義があるのかと思っています。意識すること、行動すること、できることがあるんですと可視化しながら、その声が集まることで仕組み化されていく。そこに貢献できるのが大きいなと。例えばJ2甲府ではリユースカップの取り組みがあって(商品購入時の)デポジット100円が(返却時に)戻ってくる。提案することが今までそんなになかったことでも、あえて提案していくと実現できる一例かなと。

リユースカップを返却するとデポジットが戻るヴァンフォーレ甲府の取り組み(ヴァンフォーレ甲府提供)

 —Jリーグが発信していく意味は。  やっぱり声ですよね。システムに働きかけるために、Jリーグもきちんとした戦略をロードマップに位置づけて発信していく準備を去年からしてきたということです。なぜやるか、何をやるか…。  —森林の手入れにも関わっている。  (タイトルパートナー企業の)明治安田さんなどとともに森林の手入れをしています。できることはすごくすごく微少です。ただ、実質ゼロにするためには何が必要か。CO2を出さない社会のあり方と、もう一つはどうしても出るCO2をしっかりと吸収してくれる自然を守ること。健全な森と海と土。きちんと手入れをすればもう1回CO2を吸収してくれる。そういうことをやることで、注目度が上がってくると思っています。  —28日には元日本代表の特任理事、小野伸二さんらと「サステナトーク」も。  サッカー教室にちょっと気候変動の勉強をくっ付けます。子どもさんだけでなく引率者、保護者の方にも、子どもたちが大きくなったときにサッカーを続ける環境を守っていかないといけないですよね、と伝えていきたい。伝えるというか、意識が変わることにフォーカスして、すごく大きな1歩です。 

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