女性映画監督の第一人者、浜野佐知さん(76)が、大正時代の思想家金子文子(かねこ・ふみこ、1903〜26年)を題材にした映画「金子文子 何が私をこうさせたか」の製作を進めている。死刑判決を受けた後、獄中で自死に至る121日間に着目し、最後まで国家権力に抵抗した姿を描く。「納得できないことに声を上げ、戦いを挑む姿を知ってほしい」。クラウドファンディングを8月に開始し、支援を呼びかけている。(砂上麻子)

◆「怒りや絶望が、自分が感じているものと同じだと思った」

金子文子を題材にした映画について話す浜野佐知監督(中村千春撮影)

 文子は、大正時代に朝鮮人の無政府主義者、朴烈(パクヨル)と「不逞(ふてい)社」を結成。関東大震災直後に朴烈とともに逮捕され、大逆罪で死刑を宣告された。恩赦で減刑され宇都宮刑務所に収監されたが、1926年7月に獄中で自殺した。  浜野監督は20年ほど前、文子が獄中で書いた自叙伝「何が私をこうさせたか」を読んだ。無戸籍で育てられ、朝鮮にいる親戚に引き取られて厳しい生活を余儀なくされた文子。「生きた時代も年齢も違うのに、怒りや絶望が、自分が感じているものと同じだと思った」と振り返る。

◆「どうしても映画にしたい」

 1960年代に監督を夢見て飛び込んだ映画の世界は、男社会で女性の居場所はなく、セクハラやパワハラも当たり前だった。  「女というだけで監督になれないと言われ、もがいてきた。文子も家父長制や社会の中で理不尽な差別を受けてきた。それでも大日本帝国にけんかを売った。どうしても映画にしたいと思った」  これまでに成人向けピンク映画を中心に約300本を撮り、作家の尾崎翠やロシア文学者の湯浅芳子ら、100年前の日本で強い意志を持って生き抜いた女性の映画も手がけてきた。

浜野佐知監督(中村千春撮影)

 文子の映画の構想を温め続けていた中、韓国映画「金子文子と朴烈」が日本でも2019年に公開された。朴烈とセットでしか語られていない文子に「このままではいけない。文子をきちんと残せなかったら、映画監督としてやってきた意味がない」と、本格的に動き出した。

◆文子役は菜葉菜さん 2025年5月の完成目指す

 文子役に俳優の菜葉菜さんが決まり、9月末から撮影を始める予定。来年5月の完成を目指している。劇場での一般公開のほか、文子没後100年の26年には「ソウル国際女性映画祭」での上映も目指している。  クラウドファンディングは12月17日まで。浜野監督は、今、この映画を撮る意義を強調する。「孤独を恐れて声を上げられない人が多い。孤独こそ自由であり、孤独を恐れない文子の生き方を描きたい」 

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