250年以上前、利き手でない方の手を鍛えるピアニストの訓練用に、片手で弾くピアノ作品が作られ始めた。その「片手作品」に特化した毎年恒例の演奏会「ワンハンド・ピアノフェスタ! in東京」が今月、10回目を迎えた。片手作品は制約ゆえに独特の魅力を放ち、手が不自由かどうかを超えて愛好家がいる。左手のピアニストとして知られ、フェスタを主宰する智内威雄(ちないたけお)さん(48)は「普段は接する機会が少ない人たちが、ピアノでつながっている」と喜ぶ。(清水祐樹、写真も)

片手での演奏を披露した「ワンハンド・ピアノフェスタ! in東京」=東京都墨田区の両国門天ホールで

 片手のためのピアノ作品 右手でメロディー、左手で伴奏を弾くピアノ曲が多いが、片手作品は5本の指で全てを弾く。テンポを揺らしながら、メロディーと伴奏をずらして鳴らすといった工夫が、独特の表現を生む。もともとピアニストの訓練用として生まれ、演奏会向け作品の先駆けは1852年、ブラームスが左手用に編曲したバッハの無伴奏バイオリン曲「シャコンヌ」。第1次大戦で右手を失ったピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタインのためにラヴェルが作った「左手のためのピアノ協奏曲」などの名作が生まれた。数は少ないが、右手向けの作品もある。

◆右手を負傷…あきらめかけたピアノ、でも

 1日、演奏会場の東京都墨田区の両国門天ホールに、ゴドフスキーの「瞑想曲(左手のための)」の音色が響くと、ゆったりとした時間が流れた。  左手だけで演奏した埼玉県志木市の森川信子さん(56)は、2011年に転倒して右手を負傷。幼い頃から続けてきたピアノを、いったんはやめてしまった。2018年に「左手だけでも弾こう」と気持ちを切り替えた。簡単なメロディーを左手向けに編曲し、弾き始めた。その後、片手作品の存在を知り、フェスタに参加。多様な作品や演奏者に出会い「水を得た魚のように幸せを感じた」という。

◆大作曲家の作品を編曲「皆にレパートリーを広げてほしくて」

 今回の参加者は約20人。それぞれの演奏後、智内さんが「指に負担がかからないように、力をうまく逃がして」「いい編曲。私も弾いてみたい」などと講評した。左手が不自由で、右手で弾く演奏者もいた。

片手での演奏を披露した「ワンハンド・ピアノフェスタ! in東京」=東京都墨田区の両国門天ホールで

 叙情性豊かにスクリャービンの「前奏曲と夜想曲」を披露した東京音楽大4年の戸沢早百合さん(22)は智内さんと同じく、筋肉がこわばる局所性ジストニアを右手に発症。今年2月に左手だけで弾き始め、フェスタに初参加した。「片手作品ならではの間(ま)が面白い。今の自分にとって作品の存在はありがたい」  埼玉県川口市の会社員・不破友芝(ともしば)さん(53)が左手で演奏して拍手を浴びたのは、もとは両手で弾くラヴェルの名曲「亡き王女のためのパヴァーヌ」。不破さんは両手が使えるが、自分で左手用に編曲した。「皆にレパートリーを広げてほしくて。喜んでもらえたら、うれしい」。片手作品の魅力を「独特の繊細さ」と説く不破さんのように、障害の有無にかかわらず独自に研究する愛好家の参加も多い。

◆国際コンクールも開かれている

ともに左手のピアニストとして活動する智内威雄さん(右)と早坂眞子さん=東京都墨田区の両国門天ホールで

 「入門用の片手作品は少ないので『ないなら作ってしまえ』とフェスタから多くの曲が生まれている」と智内さん。埋もれた片手作品の発掘に取り組み、左手のピアノ国際コンクールの開催にも携わっている。  コンクールの第1回プロ部門で3位に入賞した早坂眞子(まこ)さん(24)は今回、司会を務め「フェスタはさまざまな人が集まるので刺激的。自分が初めての演奏を任される作品もあり、音楽に貢献できている気持ちになれる」と語った。 

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