「被爆79年 NO MORE...」~核兵器をなくすためには、どのようなことを考える必要があるか?~
核兵器をめぐる世界情勢を伝える時、核兵器をなくしていくためには、いったいどうしていけばよいのか見えないまま、いつも伝えてきた自分がいた。
大変難しい問題なので当然と言えば当然だが、状況は一層悪くなるばかりで、立ちはだかる壁の大きさに絶望を感じたこともある。
そんな中でも、被爆地・長崎の放送局として、何かカギとなるような視点、希望の芽のようなものを見つけ出し、伝えていけたらと思っている。
核兵器をめぐる世界の現状や問題点を整理し、核軍縮・核不拡散の専門家と核兵器廃絶に向けた新たな可能性を探った。
核軍拡が進む世界の現状
ロシアによるウクライナ侵攻で「核の威嚇」が繰り返されたり、事実上の核保有国とされるイスラエルがパレスチナ自治区ガザへの攻撃を続けたりと、世界情勢が緊迫化する中、自国の安全保障を核兵器に頼るべきとする考えが拡がっている。
アメリカは、5月、西部ネバダ州で核爆発を伴わない臨界前核実験を行い、実験の頻度を増やす方針も示した。
直後には、ロシアが戦術核兵器の使用を想定した演習を始め、北朝鮮も核弾頭を搭載できると見られる超大型ロケット砲の一斉発射訓練を実施。中国はどの国よりも速いペースで核戦力を拡大させている。
長崎大学核兵器廃絶研究センター・RECNAが6月に発表した実際に使える世界の現役核弾頭数は9583。この6年で332増え、核軍拡は明らかに進んでいる。
核兵器に頼る安全保障政策は 「一時的」?
2022年に岸田総理が立ち上げた「国際賢人会議」。核保有国と非保有国双方の有識者らが「核兵器のない世界」に向けた道筋を議論するもので、2023年12月には、第3回会合が長崎市で開かれた。
その際、「核抑止」を始めとした核兵器に頼る安全保障政策について、委員からは、「一時的なものだ」と強調する意見が聞かれた。
仏戦略研究所副所長 ブルーノ・テルトレ委員:「私は『核抑止力』の支持者です。しかし、それは一時的な措置、その場しのぎであるべきだという事実は常に念頭に置いています」
米カーネギー国際平和財団 シニアフェロー 趙 通 委員:「日本のように安全保障を依然として『核抑止力』に依存している国にとって、これは一時的な解決策であるというメッセージを発することが特に重要だと思います」
しかし、その「一時的」は、いつ終わるのか?
「今はまだ核兵器の力が必要だ」という状況は ずっと続いている。
つまり...
【自国の安全保障が損なわれてしまうと考える国がある限り 核兵器はなくならない ⇒ そう思わないで済むような世界にしなければならない】
そうした考えのもと研究を続けている研究者がいる。
4月にRECNA(長崎大学核兵器廃絶研究センター)の副センター長に着任した樋川 和子 教授だ。
元外交官で、専門は、核軍縮と核不拡散。
IAEA・国際原子力機関の理事会議長の補佐や、2007年のNPT再検討会議準備委員会では、天野之弥議長の補佐を務めた。
その後、オバマ政権下のアメリカや、過激派テロ組織「イスラム国」に支配されたイラクに赴任。
核をめぐる多国間のやりとりや、核大国・アメリカの政策などをつぶさに見てきた。
そんな樋川教授は、核兵器をなくすには「過去に学び、問題の本質を捉えた上で考えること」が重要と語る。
樋川 和子 教授:「なぜこれがうまくいかなかったのかというのをよく確認した上で、では、私たちは何をしないといけないかというのを考えた方がいい」
国際法によって核兵器をなくしていくのは無理がある
5年に一度開かれ、核保有国や核の傘の国も参加し、核軍縮や不拡散について議論するNPT=核拡散防止条約再検討会議。
2026年の開催に向けた2回目の準備委員会が、8月2日までスイス・ジュネーブで開かれ、樋川教授も渡航した。
樋川 和子 教授:「完全に分断が進んでいた。核兵器国の中でも【中・露】対【英・米・仏】と割れているし、非核兵器国の中でも【核の傘の下にある国】対【そうでない国】。NPTはそうした実態を見ることができる場。NPTの会議がなければ、これほどまとまって各国の立場を知ることができる機会はない」
このように、樋川教授は、NPTの意義について、それぞれの国の言い分や、どんなところに引っかかっているのか、何を重視しているのか、など「各国の実態を把握できる」点を挙げる。
今回、議論の概要をまとめた「議長総括」が、ロシアの提案によって「各国が合意したものではない」という注釈付きで出された。
ロシアなどの反対で議長総括すら出せない異例の事態となった前回(2023年の第1回準備委員会)と比べ評価する声もあったが、樋川教授はそのようには捉えていない。
樋川 和子 教授:「ロシアが歩み寄ったという風に考える人たちもいるが、今回、議長はロシアが属する東側グループのカザフスタンだった。前回(2023年)の議長総括と今回(2024年)の議長総括を比べてみると、明らかに、前回は西側の国(議長:フィンランド)が書いた総括。今回は西側じゃない国が書いたとわかるものだった。そのため、ロシアがそれほど厳しい姿勢を示さなかっただけ」
こうした背景などから、樋川教授は、NPTにおいて成果文書の有無に囚われるべきではないと考えている。
樋川 和子 教授:「採択されたかされないかは、あまり重要じゃないと思う。それで世の中変わるわけではない。実際に過去もそうだった」
過去30年あまりのNPT再検討会議での合意文書の採択状況を見ると、採択されたのは3回(不採択は3回)。例えば、2000年の採択後に、イランによる秘密裏の核活動発覚や、北朝鮮の核保有宣言などがあった他、2010年の採択後に北朝鮮の核実験などの事態が起きていて、合意文書が有効だったとは言い難い。
また、核をめぐる他の多国間条約を見ても、あらゆる空間で核実験による爆発などを禁止するCTBT(包括的核実験禁止条約)は、国連採択から28年経っても発効の目処が立っていない。
核兵器の材料となる核分裂性物質の生産を禁じるFMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)に至っては、提案から30年以上経つが、交渉すら始まっていない。
樋川 和子 教授:「国際法でいくら、これしなさい、あれしなさい、としようとしても、過去を見たら、うまくいっていない。国際法でどうにかしようという発想には無理があるんだと思う」
全ての問題の根源は1つ 分野を超えて核問題を考える
「核兵器のない世界」の実現に向け、7月、RECNAが発行した政策提言書。
「核兵器のない世界に転換するために何を考える必要があるか」というテーマの中で、樋川教授は、分野を超えて全体論的に考える必要性を唱えている。
樋川 和子 教授:「軍縮の専門家だけで議論していても答えは出ないんじゃないか。環境問題とか人権問題とか、色々な分野の人たちみんなで核兵器の問題を考えていきましょう。これ全部関連している。問題の本質は多分一つ。『分断・格差・対立』」
●核兵器が必要と考えるのは、「対立」しているから。
●人権問題は「分断」そのもの。
●環境問題は、行き過ぎた発展などの「格差」が引き起こしていると言える。
分断・格差・対立をなくすには?
では、その「分断・格差・対立」をなくすには、どうすればよいのか?
樋川教授は、その答えを、オーストリア人のクリスティアン・フェルバーが提唱する『公共善エコノミー』の中に見出したという。
『公共善エコノミー』は、「利益追求」や「競争原理」の上に立つ現在の「経済システム」を、「人間の尊厳」や「連帯・公正」など、人間が共同生活をする中で本来大切にされるべき価値に基づいたものに転換し、「分断・格差・対立」を解消するというもの。
壮大ではあるが、人々の価値観を変えていくための実践的なツールも提案されている。
それが、企業や団体などを対象とした新たな価値観に基づく決算書だ。
「損益」などを示す従来の決算書ではなく、「人間の尊厳」や「連帯・公正」など4つの価値をもとにした決算書で、それを作成する過程で人々の価値観を変えていくという。
実際、ヨーロッパを中心に、世界33か国1097の企業・団体、44の地方自治体で導入されるなど拡がりを見せている。
樋川教授は、この考えをNPT準備委員会のサイドイベントでも紹介した。
樋川 和子 教授:「これが唯一の回答とは思っていない。でも、可能性を秘めている。それをやらない手はないじゃないかと私は思う」
核兵器を必要としない世界につながりうる新たなアプローチに光は当たるのか?
9月末には、アメリカ・ニューヨークの国連本部で「国連未来サミット」が初めて開かれる。
SDGs(2030年までに達成すべき持続可能な開発目標)の次のグローバル・アジェンダ(世界的に取り組むべき課題)について議論するもので、重要テーマに「国際平和と安全」が掲げられており、当然、核兵器の問題も含まれている。
また、GDP(国内総生産)ではなく、ウェルビーイングを重視した経済システムの構築についての議論も始まる。
これらが分野の垣根を越えて議論され、国際社会の目が、核兵器廃絶につながりうる新たなアプローチに向くことを期待しつつ、サミットの行方に注目したい。
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