マイナンバーカードを健康保険証として使う「マイナ保険証」への移行について、東京新聞など地方紙18紙が8月に実施した合同アンケート(1万2007人が回答)には、「なぜ無理に進めるのか」「なぜ急ぐ必要があるのか」といった疑問が相次いだ。 政府側の理由とは何か。自民党のデジタル政策の推進役を担い、初代デジタル相を務めた平井卓也衆院議員に、アンケートに寄せられた疑問を聞いた。(デジタル編集部・福岡範行、戎野文菜)

マイナ保険証の取材に応じた平井卓也氏=国会で

◆紙の保険証残しては「よく分かる」

記者 8月に18の地方紙でアンケートを取りました。選択制を含めて、紙の保険証を残してほしいという意見が大半でした。デジタル化には賛成しているけれども、高齢の親は使いこなせないから選択できる形で残してほしいとか、今のやり方が強引すぎるという方もいます。 平井氏 それは、よく分かるんですね。日本は保険制度もよくできていて、誰も困っていないんですよ、今の健康保険証で。 健康保険証だけでなく、あらゆる面で日本の行政サービスは、国民にとって良いレベルなので、あえてなぜデジタル化をしなきゃいけないのかと考える人はたくさんいると思います。 ですから政治家は国家百年の大計に立って、進めるものは進める。おそらく河野(太郎デジタル)大臣も、私もそこが一番大きいと考えていて、次世代の皆さんにできるだけ効率的で、データを使えて、社会保障費が膨らんだとしてもできるだけ今のサービスレベルを落とさずに、国民皆保険を守っていくために、説明して(不安を)乗り越えてもらう。 孫、子のために、このプロジェクトに理解をしてもらう努力をするということではないでしょうか。

◆佐藤内閣が番号を振っていたら

記者 マイナカードの普及は、なぜ必要なのですか。 平井氏 まず、この話は、佐藤栄作内閣の「各省庁統一個人コード連絡研究会議」がありました。国民総背番号と言われ、世論の反対があり、頓挫したんですね。

統一個人コード コンピューターの普及を背景に議論された仕組み。批判的に「国民総背番号」と呼ばれた。国会議事録によると、1968年の閣議決定「政府における電子計算機利用の今後の方策について」を起点に検討され、1970年に研究会議が設置された。

同じような話で「グリーンカード」が出てきたが、廃止に。後継として出てきたのが住民票コードと住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)だが、国のナンバーにはならなかった。 同時に考えなきゃいけないのは、年金の問題だと思います。国民に番号がなく、手帳単位で番号を振ったがために、職業が変わるなどで1人何冊も持つようになった。「消えた年金」に繋がり、2009年に政権交代した理由の一つになりました。 民主党政権になって、「年金を消さないためには、番号がいるね」というようなこともあって、マイナンバーカードなど今の制度設計ができました。当時、野党の担当者として民主党の皆さんと何度もお話をさせていただいた。 分かりやすく言えば、佐藤内閣が国民に番号を振っておいてくれたら後々の政治はこんなに苦労しなかったんだと思います。 国民に番号を振っていないがために、システムコストで莫大(ばくだい)な投資をしているし、行政の効率化と正確性を上げることは、今もって中途半端だと思っています。

◆保険証廃止は「退路を断つ判断だったのでは」

記者 現行の健康保険証の廃止について聞きます。2022年10月に河野太郎氏が「2024年秋の廃止」を表明し、期限を区切りました。どう受け止めていますか。 平井氏 デジタル化は、長く時間をかければかけるほど推進しない。コストがかかる。 不正利用を防げるデジタル保険証を全国民に配るのが、最終的な目指す社会像なんだろうと思います。そこに退路を断って進めていこうという判断だったのではないかと。これは、私が推察するしかありません。 記者 今までの保険証が使えなくなることに不安を覚えている方や、反対の方もいます。 平井氏 丁寧に説明をして納得していただかなきゃいけなくて。 佐藤内閣で番号振っていてくれたら、われわれはこんなに苦労しない。なので、保険証をデジタル化してくれていたら、後々の政治家や皆さんが苦労しないのにという話になるんだと思います。 ですから、今の不安に寄り添いながら、政策はスピードアップさせるべきだと思います。 記者 具体的に寄り添う方法は。

マイナ保険証について話す平井卓也氏

平井氏 やっぱり説明するしかないですね。保険証がいかにデジタル化されることによって便利になるかということを理解してもらうのが必要だと思います。 社会自体のデジタル化はもう止めることができないわけで。デジタル化の恩恵を全ての皆さんに届けるというのが、デジタル庁の誰1人取り残さないデジタル化という考え方。 (取り残される恐れのある)高齢者や障害者といった人たちには、各自治体が丁寧にマイナンバーカードを所有することによる安全安心とメリットを伝えていくということに尽きると思います。

◆健康保険証の廃止という言い方は

記者 現行の保険証をなぜ廃止するのかは、関係閣僚だけで決められていて、国民の側からは見えません。 平井氏 健康保険証の廃止という言い方はちょっと間違いだと思っていて。紙の健康保険証をやめるって話でしょ。マイナンバーカードというデジタルの形に変わっていくわけなので、ちょっとミスリードではないかなと思います。 制度を廃止するわけではなくて、制度を守るためにデジタル化をしているというのが基本。デジタル化は、なかなか理解をえられない部分があるにせよ、必ず、お孫さんにとっては大きなメリットになる。デジタル社会の未来像を共有できていないがために、不安を持つ方々が多いんだろうと思います。 記者 「廃止」は厚労省も使っています。政府の言葉がミスリードですか。 平井氏 ミスリードというか、健康保険証を廃止しているわけではないですよね。私なら違う言い方をしたとは思うけど。 記者 例えば。 平井氏 健康保険証がデジタル化しますよと。形が変わるだけですから。

◆「急ぎすぎ良くないのでは」と問うと

記者 マイナカードの普及について、過去には「ターニングポイントは健康保険証とマイナカードの一体化だ」と発言していました。なぜですか。 平井氏 普通の行政サービスは、そんなにしょっちゅう用事がないんです。ところが健康保険証は、使う局面が多い。デジタル体験としては回数が多いと考えるからです。 記者 マイナ保険証の利用率は11%程度で、利用が進んでいません。 平井氏 医療機関側のマイナンバーカードと一体化した保険証が使える環境(の整備)が、なかなか難しいんだと思います。病院のシステムによっては改修コストがかさむようなところもある。まだ使えるインフラが完璧に整備されていない。 カードの読み取り機がないということと、マイナンバーカードのスマホ搭載(をした時の保険証利用)の両方に対応しなきゃいけないんだと思います。 記者 専門家の間では、使えるインフラを完璧に整えてからスタートさせた方が、コストがかからなかったのではないかという見方もあります。 平井氏 私自身、インフラの制度設計には関わっていないので分からないんだけど、デジタル化は一気に進めるのが一番コストが少なくて、時間をかければかけるほどコストがかかる。できるだけ移行期間が短くなった方がいいと思います。

マイナ保険証について話す平井卓也氏

記者 (平井氏を中心にまとめた提言)「デジタル・ニッポン2024」の中で、「『飛ばし過ぎる』ランナーは疲れや歪(ゆが)みを生み出し、長続きしません」と書いていました。急ぎすぎるのも良くないのでは。 平井氏 日本のデジタル化は周回遅れなので、急いでいるわけではなくて、トップランナーではないです。慌てて世界に先駆けて何かを進めるのではなくて、遅れているという現状を認めた上で、いろんな国の失敗とか成功を見極めながら、自分たち流のデジタル化を進めていこうというのが(提言で示した)「デジ道」という考え方です。 記者 世界から見れば着実に進めてきた方だという説明ですか。 平井氏 マイナンバーカードの歴史ですよね。昭和40年代からずっと進めてきているわけで、決して飛ばしすぎていると思えないんです。 記者 12月2日の現行の保険証廃止は、変えない方がいいという考えですか。 平井氏 廃止するにしろ、廃止を延期するにしろ、やっぱりちゃんと説明をする必要があると思います。 おそらく廃止する方に大義があるんだと思うんですよ。ゆくゆくの世代の。ところが、大義があっても共感がないと、政策というのはなかなか進められない。 デジタル化においては、大義はだいたい皆さん理解してくれているけども、共感をえられるようなきめ細かな対応が必要なんだろうと思います。 記者 現状は、共感をえられるような説明がないということですか。 平井氏 足りないということじゃないですかね。

平井卓也(ひらい・たくや) ITを推進する国会議員の草分け的存在で、2020年9月~21年9月にマイナンバー制度の特命担当大臣を務めた。菅義偉首相の肝いりで2021年9月にデジタル庁が発足すると、初代大臣に就任した。上智大を卒業後、電通勤務を経て、西日本放送社長に。2000年6月の衆院選で初当選。自民党広報戦略局長・IT戦略特命委員長や自民党デジタル社会推進特別委員長、IT・科学技術担当相などを歴任。衆院比例四国ブロック。当選8回。66歳。

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マイナ保険証の合同アンケート 東京新聞「ニュースあなた発」など読者とつながる報道に取り組む全国の18紙が8月9~18日に通信アプリLINE(ライン)などで呼びかけ、1万2007人から回答があった。多様な声を聞き取るのが目的で、無作為抽出の世論調査とは異なる。
回答者のうちマイナカードを持っている人は64.4%(全国では、7月末時点で74.5%)、保険証として使っている人は26.3%、今後使う予定の人は15.6%だった。



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