支援者などの活動も活発化する中、袴田巖さんのやり直し裁判の判決まで8月26日で1か月となりました。

袴田事件の取材を続けている山口記者です。

<社会部 山口駿平記者>
袴田さんのやり直し裁判では、無罪判決が下される公算が大きいとされていますが、元裁判官の故・熊本典道さんんと、元裁判官の熊田俊博さんは、死刑判決やそれを支持する判断をしながら、のちに「袴田さんは無罪の可能性があると感じていた」と打ち明けています。

「袴田事件」は冤罪が疑われながら、なぜ、58年もの時間が費やされてきたのか。裁判官の証言から検証します。

福岡県に住む島内和子さん。4年前に亡くなったパートナーの熊本典道さんは1968年、一審・静岡地裁で袴田巖さんに死刑判決を下した3人の裁判官の1人でした。

<島内和子さん>
「無罪のつもりでずっと判決文を書いているんですね。そして、いざ裁判になったら、全部反対になった。『袴田君にすまないことをした』って、いつも言っていました」

<故・熊本典道元裁判官>
「こんなところで私の声を聞いてもらえると思いませんでした」

熊本さんは死刑判決から40年の時を経て「本当は無罪だと思っていたが、多数決により、仕方なく死刑の判決文を書いた」と公の場で告白し、衝撃を与えました。

<故・熊本典道元裁判官>
「『あれは絶対ぼくは無罪だと思いますよ』と(裁判長に)かなり説得を試みました。だけど、最後結論として裁判長が無罪に踏み切れなかった」

熊本さんが疑問を抱いたのが警察による取り調べです。真夏の8月、空調のない密室で連日続いた取り調べは1日平均12時間、最も長い日は17時間近くに及び、逮捕から20日目、袴田さんは「自白」しました。

判決では、証拠として45通あった自白調書のうち1通のみを採用しました。

<故・熊本典道元裁判官>
「こんなもの証拠として認めるわけにいかんと思った。(ほかの裁判官)2人は『1通くらい認めてやれよ』と。私は『じゃあそうするか』と。妥協の産物ですよ」

やむを得ず死刑の判決文を書いた熊本さんは、抵抗の証として「付言」を書き加えます。

<判決文>
「このような本件捜査のあり方は、厳しく批判、反省されなければならない。本件のごとき事態が二度と繰り返されないことを希念するあまり、敢えてここに付言する」

「付言」は、熊本さんが「のちの裁判官が疑いを持つきっかけになれば」と願いを込めたメッセージでしたが、控訴審で東京高裁は死刑判決を支持。

1980年、最高裁で袴田さんの死刑が確定しました。

無実を訴え続けた袴田さんは再審=裁判のやり直しを求めます。

元裁判官の熊田俊博さん(74)です。1980年代、静岡地裁で行われた袴田さんの裁判をやり直すかどうかを決める審理に裁判官として関わりました。

<熊田俊博元裁判官>
「原記録と第1次再審請求審で提出された新証拠を見まして、これはなかなか有罪を維持するのは難しいんじゃなかろうかと、再審開始の方向ではなかろうかというような心証を抱きました」

Q. 具体的にどの証拠を見て?
「一番の問題点が袴田さんのものだと言われている着衣ですね、袴田さんが拘留されてから1年も経って、みそタンクから発見されたという事実と、発見の経緯がおかしいのではと」

熊田さんが疑問を持ったのは、事件の発生から1年2か月後に現場近くのみそタンクから見つかった血まみれの着衣「5点の衣類」。

袴田さんの裁判のさなか、一度は念入りに捜索されたはずの現場から新たに見つかった疑惑の証拠です。

しかし、熊田さんは、無罪の心証を他の裁判官に伝えることなく裁判官を退官し、弁護士に転身しました。

1994年、静岡地裁は袴田さんの再審請求を棄却しました。再審の可否も3人の裁判官が話し合いで決めます。無罪の心証を同僚の裁判官に伝えていれば、結論は変わったのでしょうか。

<熊田俊博元裁判官>
「(裁判官同士で)雑談的にそういう話はしないですね。本格的に結論を出さなければいけない段階になってからしか、それぞれ自分の心証は言わないですね。だから何も言わなかったです、他の裁判官には…そういうもんです」

<1983年2月再審請求中の袴田さんが息子に宛てた手紙>
「息子よ。必ず証明してあげよう。お前の(父)チャンは決して人を殺していないし、一番それをよく知っているのが警察官であって、一番申し訳なく思っているのが裁判官であることを」

<社会部 山口駿平記者>
袴田さんの再審請求をめぐっては、2014年に静岡地裁が再審開始と身柄の釈放を決めます。

この時の裁判長、村山さんはのちに「検察の証拠開示が再審開始の決め手となった。もっと早く証拠が開示されるように法改正をしていく必要がある」と話しました。

<LIVEしずおか滝澤悠希キャスター>
58年の歴史の中で少なくとも2人の裁判官が無罪の可能性を感じていたというのは、もっと早く再審を始めることができなかったのかと感じてしまいます。

<社会部 山口駿平記者>
袴田さんのやり直し裁判の判決は1か月後、9月26日に言い渡されます。

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