SDGs達成期限の2030年に向けた新たな価値観、生き方を語る今回の賢者は空手家の清水希容氏。9歳から空手を始め、技の正確さや力強さを競う「形」で世界選手権2連覇、全日本選手権で7連覇を達成。2021年に行われた東京オリンピックでは「女子形」で銀メダルを獲得するなど、多数の大会で活躍してきた。24年5月に競技を引退したあとも、空手の技を磨き続けている清水氏に2030年に向けた新たな視点、生き方のヒントを聞く。

競技引退は鍛錬のため。次世代のための使命とは?

――賢者の方には「わたしのStyle2030」と題して、話していただくテーマをSDGsの17の項目の中から選んでいただきます。清水さん、まずは何番でしょうか?

清水希容氏:
はい、私は3番の「すべての人に健康と福祉を」です。

――実現に向けた提言をお願いします。

清水希容氏:
はい。「生涯鍛錬」です。

――まずは東京オリンピックのお話を伺いたいと思います。メダルも持ってきていただきました。結構大きいんですね。

清水希容氏:
金銀銅でメダルの重さも違っていて、重さもずっしりとあるので、多分銀で500(グラム)ないかぐらいだと思うんですけど、首にかけると結構ずっしりあるので、本当に重さを感じるメダルだなと思います。

本当に金メダルだけしか見ていなかったので、未だに悔しさは残るんですけど、あまり見ないんです。元々金取っても何取っても、メダルを見返すっていうことをそもそもあんまりしないんです。

――常に銀メダルを見ながら、というわけでもないのですか。

清水希容氏:

そうですね。過去をどうこうできないので、今自分が何をして、どういうふうに変化して成長していくかということが大事だなと思っているので、東京に限らずずっとそこをやってきて競技生活してきているので、それが普通に私の中ではあるかなっていう感じです。

――次世代にオリンピックの経験を引き継いでいくという使命は?

清水希容氏:
僕も私もオリンピックを目指すっていう子が増えたんです。独特の雰囲気や、そこにかける思い、そこでぶつかり合う力加減は普通じゃないぐらいすごいものだなっていうのも見て、肌で感じて思いました。

それを実際に味わっているのと味わっていないのでは全然違うかなと思うので、そういう舞台を今後経験させてあげられるように、また空手が復活できるように活動するのが一番の使命かなと思っています。

2024年5月、清水氏は地元関西で現役最後の演武を披露し、引退した。

清水希容氏:
続けようと思えば全然続けられたなと思うんです。でも、もっと時間をかけて技術を磨きたいっていうのも自分の中で強くあって、競技があるとどうしても期間までにこれをしないといけないっていうのと、空手って休む期間がないんです。ある意味21年間走り続けてきた中で、休みなくやってきたのが当たり前だったんですけど、もっと空手家としてしっかりと鍛錬していくために、競技は退いたっていう感じです。

その方が技も生きてくるというか、結果を求めてやっていた中で、自分をちょっと見失っているというか、何のために空手をやっているんだろうとか、本当に好きだった空手は何なんだろうって思っていた時期が近年多くあったので、今自分が見ている方向がちょっと変わってきたというか、より空手を知りたいって思ったステージに行っているだけで、そういう時期なのかなっていう感じでした。

――なぜ空手を好きになったんですか。

清水希容氏:

空手って瓦割りとか、人を叩く、ちょっと怖いイメージを持っていらっしゃる方がほとんどだと思うんです。それがオリンピックで形ってあるんだっていうのを知っていただいて、かっこいいとか綺麗とかっていうお声が多かった。それは私が実際に子どもの頃に起きた現象で、先輩たちを見ていてかっこいいって思ったのが空手の入りでした。先輩たちみたいにかっこよくなりたい、美しくやりたいっていうのがあって、深いところに繋がっていったっていう感じです。

――組手をやる人と、形をやるタイプの人は違うんですか。

清水希容氏:

全然違います。形は見えない仮想の相手を想定しながら演武を行う。順番も決まっているので、創作はしてはいけない。組手選手は実際に見える相手と戦うので、ポイントを取るのが楽しいとか、相手と駆け引きをするのが得意な人が多いんですけど、私は駆け引きが全然できないんで、自分といかに対話できるかが大事。他の競技もそれは一緒だと思うんですけど、よりその時間が長いのは形の方なのかもしれません。

――見えない相手と戦っていると、今日はこういう感じでやろうかなとかあるんですか。

清水希容氏:
全然あります。私は動物をイメージしてやっていました。例えばこの形はトラっぽいとか、この形はライオンっぽいみたいな感じで、トラとライオンは似通ったところがあるんですけど、龍っぽい感じとか、これはワシみたいに鋭いみたいにイメージしてやっていました。

――オリンピックのときは何と戦っていたんですか。

清水希容氏:

オリンピックはカメラ。戦っているっていうのをカメラに届けていました。無観客だったので、自分が5年間かけてきた技をカメラ越しにちゃんと伝えようっていう気持ちだけで演武していました。

「メンタルも技術」。難しさが面白い

――空手家としてやってきて、心持ちがどんなふうに変わったんですか。

清水希容氏:
私はそんなにメンタルが強いタイプでもなくて、空手を通していろんな経験をさせてもらって、自分の気持ちの整え方をどうしたらいいのか、いろんな方法を試してきたからこそ、今の自分や考え方があります。空手をやっていなかったら、こういうメンタルの持ち方はなかっただろうなと思います。

今までだったらメンタルが弱い自分のことを否定していたんですけど、メンタルが弱いからといって否定すること自体がそもそもよくないんだなっていうことに気づいたり、気持ちの面とかも空手で養っていくことができたなって思っているので、空手は私から離すことはできないです。

――気持ちと強さが両方で歩んでいったという感じですか。

清水希容氏:

頑張って気持ちを引っ張ってきたっていう感じです。どちらかっていうと調子が悪かったり、自分のパフォーマンスの準備がちゃんとできていなかったら人前に立ちたくないタイプなので、人に見られるのが嫌だってなってしまうんです。その自分とどうやって向き合わないといけないかも考えてきました。誰だって今日は何かうまくいかないとか、ちょっと人前に立ちたくない、話したくないとかってあると思うんですけどでも、そうできないときって絶対何かしらあったりすると思うんです。

だから、今の自分を否定しないことが何より大事だっていうことに気がついたというか、どんな自分も自分であって、今ある自分の最大のベストを出すためにどうしたらいいのかを考えることが、一番大事なんだろうなっていうことに気がつきましたし、空手を通して知ることができたなっていう感じです。

――自分を見つめるということでしょうか。

清水希容氏:

自分と向き合うっていうことは絶対に常にしないといけないと思いますし、ちゃんと向き合えていない状況で人と触れ合うのはよくないと思うので、ちゃんと自分をコントロールできるようになるのも、自分の技術、メンタルも技術だと思うので、技術の部分をちゃんと高めていけるようにすることが大事かなと思います。

――空手のどんなところに魅力を感じていますか。

清水希容氏:
空手はスポーツじゃなくて武道なので、作った先代の先生たちがどういうことを考えて、どういう風景、どういう場所で何を思って空手を作ったんだろうということを読み解いていって、先生はどうやってそれを考えて作ったんだろう、なんでこういう構成にしたんだろうっていうのを考えていくのが面白い。

子どもの頃はそんなことはなかったです。シンプルに形ができて楽しい、きれいにできてうれしいみたいな感じだったんですけど、年齢を重ねるごとに歴史の深さや攻防の深さを表現していく。守っていかないといけない形がある中で、自分をいかに表現できるか。崩しすぎても駄目だし、ちゃんと形がありながら、自分をどこまで突出できるかみたいな難しさが面白いなって思っています。変えることは簡単なんですけど、変化をさせない中で、いかに自分を磨くかっていうのがすごく面白いなと思います。

――風景というお話がありました。スタジアムや競技場ではない場所から生まれているということですね。

清水希容氏:

本当にまさしくそうで、昔はしゃがんで相手を月光で見て、陰で戦うとか、今じゃ考えられないじゃないですか。でも、その時代だからこそ生まれた技なんだなっていうのを考えると、先代がずっと繋いできてくれた生きた歴史をちゃんと守りながら自分で読み解きながら、それを後世に伝えていくっていう役割というか。生涯をかけても、空手の技術は全部が全部取り込めるわけでもないですし、やることが多すぎて、間に合わないみたいな感じです。

――ちょっと基本的なことを。どれぐらい練習するんですか。

清水希容氏:

長いときで(1日)12時間とか。道場に着いてそのまま練習して12、3時間やっていました。直したいことが強すぎて、できなかったらできるまでやりたいし、できなかったら帰りたくないっていうタイプなんで、何をするにも人よりも時間がかかるんです。例えば縄跳び飛ぶにもリズム感がないんで、自分は時間がかかるんです。人がすぐできることが1週間かかるようなタイプなんです。

時間をかけないと落とし込めない。でも、時間をかけたからこそ自分のものになるって思っているんで、すごく時間をかけて、それが自分のものになるまでやり続けるっていうことをずっとやっていました。

――演武をしている姿と、縄跳びが飛べない姿に落差を感じます。

清水希容氏:
努力できるタイプであるかもしれないです。もうこのぐらいでいいかなって思うところを「いや、まだ」って言ってやってきたタイプではあるので、その積み重ねがたまたまオリンピックに行けたっていうだけで、私は昔先生とかに「才能がないタイプ」って言われていたので。練習も好きで空手も好きで、シンプルに空手の形が上手くなりたいって思ってやっていたので、それが積み重なって今があると思うんです。

本当に普通の子だったんです。特別なことは一切なくて、シンプルにずっと努力ができたというか、そこに打ち込むことができた。空手だったからできたんです。これが違う競技だったらできていないです。たまたまそれがマッチしたからできていた。

――清水さんはどこへ向かっていくんでしょうか。

清水希容氏:

自分の理想をいつかは越えたいっていうのと、現役のころに自分が完璧だったっていう形が一度も打てなかったので、生涯のうちに一度でいいので、自分がすべての技がよかったなって言える演武をしたいなって思っているので、そこは求めていきたいなと思っています。

――1回もないんですか。清水さん、90歳になっても、まだ駄目だって言っていますよ。

清水希容氏:

絶対言っています。でも、それが自分なんだなとも思うので、求めるところまで求め続けて。納得は多分いかないと思うんですけど、求めていること自体が自分らしいんだろうなっていうところです。

(BS-TBS「Style2030賢者が映す未来」2024年8月18日放送より)

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。