東京都小笠原村母島で(矢後勝也さん提供)

 オガサワラシジミは、小笠原諸島(東京都小笠原村)にのみ分布する小型のチョウです。近年野生での目撃例がなく、飼育していた個体も2020年に途絶えてしまいました。この繁殖途絶は、限られた個体数で近親交配が繰り返されて遺伝的多様性が失われたことが原因だったと、兵庫県立大などのチームが遺伝子解析から解明しました。「絶滅」の教訓を、他の種の保全活動に生かす必要があります。 (榊原智康)

◆外来種の増殖

外来種のグリーンアノール。小笠原諸島に持ち込まれて増殖し、オガサワラシジミが減少した大きな要因になった=東京都小笠原村母島で

 オガサワラシジミは小笠原諸島の父島、母島、兄島などに多数生息していましたが、1980年代以降に激減しました。大きな原因は、昆虫を食べる外来のトカゲ「グリーンアノール」の増殖でした。60年代に父島に持ち込まれ、その後、母島にも広がりました。アカギなど外来樹木が増え、幼虫が食べる植物オオバシマムラサキなどが減ったことも痛手となりました。  環境省のレッドデータブックでは絶滅危惧ⅠA類に分類されています。父島では92年以降未確認で、最後の生息地とされる母島でも2020年以降目撃されておらず、絶滅の可能性が指摘されています。  減少に歯止めをかけようと、05年に環境省や都などが保全に関する連絡会議を発足。多摩動物公園(東京都日野市)を拠点に母島から成虫や卵を持ち帰って飼育法の研究を続け、09年には種の保存法に基づく保護増殖事業計画がつくられました。  人工繁殖を安定的に行うための技術開発にめどが立った16年から、人の管理下で繁殖を続ける「生息域外保全」が始まりました。19年からは環境省が所管する新宿御苑(東京都新宿区など)でも分散飼育に取り組みましたが、開始から20世代が経過した20年に両施設のすべての個体が死んでしまいました。

◆ふ化率低下

 兵庫県立大の中浜直之准教授(保全生態学)らのチームは、16年以降に生息域外保全で飼育されていた1~19世代目までの個体と、01~15年に採取された野生個体などの遺伝子を解析。多摩動物公園の個体についてはオスの精子数も調べました。  「ヘテロ接合度」という遺伝的多様性を表す尺度をみると、生息域外保全の開始以降、世代を重ねるごとに多様性の減少が進行。繁殖が途絶える直前の19世代目では、開始当初の2割程度にまで減っていました。遺伝的多様性が減るにつれ、精子数も減少。当初8割以上あった卵のふ化率は19世代目では1割以下になっていました。  生息域外保全は交尾済みの雌2匹から始まりました。生物は近親交配を繰り返すことで、遺伝的多様性が減少し、生存や生殖のための能力が低下することが知られています。これは「近交弱勢(きんこうじゃくせい)」と呼ばれる現象です。チームはオガサワラシジミにおいても近交弱勢が生じ、繁殖途絶に至ったと結論づけました。

◆間に合わず

中浜直之・兵庫県立大准教授(本人提供)

 中浜さんは「近交弱勢は理論的な研究ではよく知られていたが、遺伝的な側面と繁殖の成功度合いを調べ、実際にオガサワラシジミではどんなことが起きていたのかを示した意義は大きい」と強調。絶滅危惧種が繁殖途絶に至った集団遺伝学的な背景を明らかにできた貴重な事例だといいます。  チームは、遺伝的多様性を維持するためには、生息域外保全を始める時点で26匹が必要だったと試算しました。近親交配を避けるために、母島の生息地から野生個体を捕獲して人工繁殖用に追加する計画でしたが、その前に現地で個体が見つからなくなってしまいました。  「人工繁殖技術の確立に時間がかかり、結果的に手遅れになってしまった」と中浜さん。環境省によると、種の保存法に基づく「国内希少野生動植物種」は448種が指定されています。「(生息数が)残り数個体、数十個体となっている絶滅危惧種もいる。まだ十分な数の野生個体がいるうちから生息域外保全に取り組む必要がある」と話しています。  研究成果は、国際専門誌バイオロジカル・コンサベーションに発表されました。

<オガサワラシジミ> シジミチョウ科の小型チョウで、全長は12~15ミリ。1969年に国の天然記念物に指定された。雄の羽の表面は鮮やかなコバルトブルーの輝きを見せる。年に数回ふ化し、次の世代交代までの期間は飼育下では約2カ月。個体数の減少要因としては、グリーンアノールによる捕食や外来植物の侵入による植生の変化のほか、チョウのコレクターによる捕獲、干ばつや台風による被害などの可能性が指摘されている。まだ絶滅したとは判断されていないが、野生環境で確認できず、生息域外保全でも繁殖が途絶えたことから「国内で最も絶滅の可能性が高いチョウ」といわれている。

<種の保存法> 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」が正式名称。絶滅の恐れが高い種を「国内希少野生動植物種」に指定し、捕獲や殺傷などを禁止している。国内希少野生動植物種のうち、オガサワラシジミを含む76種で保護増殖事業計画がつくられている。哺乳類ではイリオモテヤマネコなど、鳥類ではトキなど、植物ではレブンアツモリソウなどが対象になっている。




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