WHO=世界保健機関は「エムポックス(サル痘)」について、今月「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言しました。2022年に欧米を中心に感染が広がったものより《重症化しやすい》タイプの感染が広がっており、22日にはタイでも感染者を確認。アジア初とみられ、世界的な広がりが懸念されています。「エムポックス」はどんな感染症なのか?今後の日本への影響は?新興感染症の専門家に聞きました。

ーなぜ今感染が広がっているのでしょうか?
長崎大学高度感染症研究センター 安田二朗教授:
「今月、WHOが緊急事態宣言を出した対象はエムポックスの中でも、アフリカのコンゴ民主共和国を中心に流行している「クレードIb(ワンビー)」という系統です。2022年23年に欧米で広がった「IIb(ツービー)」に比べて重症化しやすく、感染力も強いことから今後感染が拡大していくのではないかとWHOが非常に警戒しています」

「実際8月15日にはスウェーデンで、22日にはタイで「Ib」のエムポックス患者が報告されました。今後先進国でも輸入症例が出てくる恐れがあります。

「サル痘」から名前が変わった理由

ーそもそも「エムポックス」はどのような感染症なのでしょうか?
安田教授:
「一言で言うと『急性発疹性の感染症』です。1980年に根絶宣言が出された『天然痘』の原因ウイルスである『天然痘ウイルス(痘瘡ウイルス)』と遺伝子が非常によく似た、近縁の『エムポックスウイルス』による感染症です」

「『人獣共通感染症』で、元々はネズミの仲間が持っているウイルスが、ネズミに噛まれたり、感染ネズミの血液・体液に触れたり、ネズミを食用として摂取することで他の動物や人に感染が拡大しました」

「最初にサルから見つかったため『サル痘』『モンキーポックス』という名前がつきましたが、サルもネズミから感染しています。誤解と混乱が起きないように、去年感染症法上の名称が『エムポックス』に変わりました。ただし『エムポックス』の『エム』は『モンキー』の『エム』なんですけどね」

ー感染するとどのような症状が出るのでしょうか?
安田教授:
「まず発熱・倦怠感・筋肉痛・頭痛の症状から始まって1週間位経つと、天然痘でも見られるような発疹が顔に出てきて、その後、手のひら・足・かかとなどにも出てきます」

「これまでに流行した『I』『II』『IIb』系統のエムポックウイルスは致死率0~10%。つまりほとんど死ぬことはないというものでした」

「これに対して今アフリカのコンゴ民主共和国を中心に流行している『Ib』系統のウイルスは重症化率も高く、致死率も子供だと5~10%位という報告もあります」

当初は男性の同性愛者の間で広まった

ー感染経路は?
安田教授:
「22年の拡大時は、主に男性の同姓愛者を中心に広がり、濃厚接触をすることによって感染するというものでした。日本でも2023年以降、248例(8月16日現在)の症例が確認されていますが、そのような方を中心に広がりました」

「しかし、今拡大が懸念されている『Ib』系統のウイルスは、例えば接触・飛沫などでも感染すると見られています。実際『家族内感染』や『医療従事者への感染』、あるいは宿泊施設や医療機関などで『患者のリネンシーツを介したとみられる感染』も報告されており、これまでのものより感染力は強いと認識されています。そういう意味では非常に警戒が必要な病気です」

「今までのエムポックスに比べると警戒が必要ですが、インフルエンザや新型コロナほど感染力が強いわけではないので、日本国内で感染が大きく拡大する可能性は現状では低いと思っています」

ーワクチンや治療薬についてはどうなっているのでしょうか?
安田教授:
「エムポックスウイルスは、天然痘ウイルスと非常に似たウイルスなので『治療薬』や『ワクチン』に関しても、天然痘に有効なものがある程度効果を示しています」

「以前流行していた『IIb』系統では天然痘ワクチンが85%位効果があると言われていて、『Ib』に対しても有効だと考えられています」

「日本では1976年まで天然痘のワクチン接種が行われていたので、年齢で言えば50代以上の世代は、既にワクチンを接種して一応の免疫がある人が多いです」

「天然痘ワクチン」の備蓄は?

ーワクチンの備蓄はどうなっているのでしょうか?
安田教授:
「天然痘は1980年にWHOが根絶宣言を出し、自然界からはなくなっています。唯一、アメリカとロシアの研究機関が1機関ずつ今も天然痘ウイルスを保有している状態です。

「しかし、ソ連の崩壊などによってこれが様々な国に流出したのではないか?バイオテロに使われるのではないか?という懸念が2000年代に非常に高まり、日本でも天然痘ワクチンの国家備蓄を進めました。現状、日本では一般流通はしていないワクチンですが、備蓄はある状態です」

「治療薬に関しても『テコビリマット』という天然痘の薬が、既に欧米ではエムポックスの治療薬として承認されています。現在日本では承認されていませんが、今後状況によって使用が検討されると思います」

安田教授:
「一番大切なのは検疫などの体制を整え、輸入症例をきちんと見つけることです。そして国内で患者が見つかった場合、すぐに家族や接触者の検査ができる体制を整えておくこと。世界のどこからでも2日もあれば日本に入ってくる可能性はあります」

「日本の法律でエムポックスは『4類感染症』に分類されているウイルスなので、医師は直ちに保健所に届け出る必要があります。警戒を怠らないこと、想定外のことが起きても対応できるようにしておくことが非常に重要です」

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