<南海トラフ臨時情報を問う②>  政府は8月15日、南海トラフ地震の臨時情報「巨大地震注意」の呼びかけを終了した。注意が続いた1週間はお盆休みと重なり、自粛ムードによって観光地では大きな影響が出た。南海トラフ地震を巡り科学と政治の関係を問い続け、著書「南海トラフ地震の真実」で菊池寛賞を受賞した東京新聞社会部の小沢慧一記者が、臨時情報のあり方を3回にわたって問う。(最終回は後日公開します)

◆初の発表、伝え方を巡り浮かんだ課題

 「臨時情報という制度が十分理解いただけただろうかというのがある。(南海トラフ地震臨時情報=巨大地震注意=を発表した)8月8日のタイミングでどういうメッセージを出すべきだったのか、見直すべきだと思っている」  8月15日午後5時。政府は宮崎県で震度6弱を観測した8日の地震を受けて続けていた臨時情報に伴う防災上の呼びかけを終了し、担当者は会見でこう話した。「不確実な情報を防災に生かす」として始まった臨時情報の初の発表は、その伝え方に課題が浮かんだ。

「巨大地震注意」呼びかけを終了したことを説明する松村祥史防災担当相(右)=15日、東京・霞が関の内閣府で

 岸田文雄首相は15日、一連の対応の検証を松村祥史防災担当相に指示。検証結果に基づき、臨時情報を受けて国民や企業などが取るべき対応を示した指針を見直す方針だ。松村氏は会見で「情報発信の内容を国民の皆さんにわかりやすく、また日頃からの経済団体との連携も必要不可欠だと改めて感じた」と話した。

◆具体的な対策は自治体、企業、個人任せ

 臨時情報は、地震予知を前提とする大規模地震対策特別措置法(大震法)の「警戒宣言」の代わりに設けられた。地震予知が不可能となり、統計を基に予測しているため不確実さをはらむ。政府は情報を出すが、具体的な対策の判断は自治体、企業、個人に委ねている。  気象庁と内閣府は15日の記者会見で、地震に備えて社会活動を継続させるという趣旨が8日の発表時にしっかり伝えられていなかったのではと指摘され、担当者は「今回(しっかり伝えるというオペレーション)はなかった。次回以降、検討したい」と述べた。  8日の発表時に前面に立ったのは、政府の担当者ではなく、地震学者で「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」の平田直(なおし)会長だった。

評価検討会を終え、記者会見する地震防災対策強化対策地域判定会の平田直会長=8日、気象庁で(木戸佑撮影)

 「地震学的には数倍高くなったことは極めて高い確率です」と強調した一方、対策について「日頃からの地震への備えを再確認して」「避難経路を確認すれば海水浴をしても問題ない」と控えめな対応にとどまっていた。

◆呼びかけ終了時には検討会開催せず

 注意情報を発表するかどうかは専門家による評価検討会が開催されて判断される。一方で呼びかけ終了時には検討会は開催されず、平田氏の会見もなかった。呼びかけは何もなければ、1週間で終了と決まっているためだ。  そうした仕組みにしている理由は何か。「発生可能性が高まっていない」として警戒を解除することは、事実上の安全宣言につながるため確固たる根拠が必要だからだ。だが、正確に予測ができない以上、科学的な根拠に基づいて解除を決めることは不可能だ。そのため、社会的に許容できる期間を住民にアンケートした結果に基づき、呼びかけ終了時期を「1週間」と決めた。  京都大防災研究所の橋本学教授は「1週間の根拠の責任を住民に負わせている。かつて警戒宣言では政府が命じて一斉に対策させる形を取っていたが、臨時情報は科学的根拠に自信がないため、外れても政府が責められないようなシステムになっている」と話す。

◆「効果と自粛の副作用、検証が必要」

 関西大社会安全学部の林能成(よしなり)教授は「情報を出す効果と『空振り』になるリスクをてんびんにかける必要がある」とする。  注意情報を受け、旅行のキャンセルが相次いだり、鉄道各社が減速運転をしたりと、さまざまな影響が出た。ビーチリゾートがある和歌山県白浜町の大江康弘町長は15日、臨時情報の影響で宿泊キャンセルが相次ぎ、損失額は「約5億円に上る」と明かした。町では全ての海水浴場を閉鎖していた。21日には内閣府などに支援を求めて陳情を予定している。  政府は過去には東海地震の「警戒宣言」が外れた場合の経済的損失を「1日で数千億円」と試算したが、臨時情報に関しての試算はない。  林氏は指摘する。「防災でコストを考えることはタブーだった。臨時情報は不確実な根拠を使った防災的な行動のため、効果と副作用を検証する必要がある」 

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