パリオリンピックはいよいよ終盤。金メダル争いで、アメリカに次いで第2位となっているのは中国(25個・8月7日時点)だ。その中国とオリンピックの関係について、東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が8月8日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、“競技以外にも注目しているところ”について語った。

いまだ尾を引くドーピング検査問題

先週(8月1日)の放送で、中国の競泳選手たちにオリンピック開幕前から、禁止薬物検査、つまり、ドーピング検査が繰り返されたという話題を取り上げた。このことで、中国国内から「中国だけ不公平だ」という不満の声が上がっていると紹介したが、それがずっと尾を引いているようだ。

競技終了後、メダルを獲った中国競泳選手が記者会見に出席すると、欧米のメディアからは、必ずといってよいほど、禁止薬物に関する質問が出ている。それに対し、3つの銅メダルを獲った女子の、張雨霏(ちょう・うひ)選手は、このように反論した。

「マイケル・フェルプスが8個の金メダルを獲っても、誰も薬物違反を疑わなかったじゃないですか」

マイケル・フェルプスはアメリカのかつてのスイマー。2008年の北京大会で、1人で8つの金メダルを獲得した名選手だ。不満を口にした張雨霏選手もパリを含め、これまでオリンピックで10個ものメダルを獲った選手。先週も紹介したが、これら中国選手の不満や疑問が、中国のメディアで報じられ、それを読んだ中国国民の怒りに、火に油を注ぐ。

「MADE IN CHINA」のマスコット商品

きょうの本題。金メダルの獲得数に代表される中国選手の活躍は、スポーツの世界での中国の存在感を示す。ただ、パリオリンピックでは、競技ではないところで、中国が存在感を表したい場面もある。

公式マスコット「フリージュ」(RKB本田奈也花アナウンサーのInstagramより)

例えば、パリオリンピックの公式マスコット「フリージュ」。フランスの三角形の帽子、「フリジア帽」をモチーフしたキャラクターだ。フランス革命の象徴とされ、1830年7月に起きた市民革命を描いた、ドラクロアの有名な絵画「民衆を導く自由の女神」(1830年・ルーブル美術館蔵)でも、先頭に立って市民を指揮する女性が、このフリジア帽を被っている。

「民衆を導く自由の女神」(ドラクロア)

この「フリージュ」はぬいぐるみのほか、さまざまな関連商品がフランスの国内外で販売されている。びっくりしてしまうのだが、このマスコット商品の約8割が「MADE IN CHINA」つまり、中国のメーカーが中国国内で生産し、フランスなどへ輸出されたものだ。中国のメディアがそう報道している。世界の企業が中国に進出し、「世界の工場」と呼ばれてきた中国。確かに、海外の観光地で、お土産グッズを買ったら、その観光地とまったく違うMADE IN CHINAだと、あとから気付くことは少なくない。

このほか、卓球のボール、ウエイトリフティングのバーベルなど、競技場で使用されるものの多くも、中国で生産された。中国がお家芸の卓球の卓球台もそうだ。これも観客席で用いられる応援グッズも合わせると、数知れない。

オフィシャルウエアは自国ブランドにこだわる

競技そのものではないオリンピックと中国。そんな視点から見ていこう。ただ、これは中国のメーカーに限ったことではない。4年に一度のオリンピック、同じく4年に一度のサッカー・ワールドカップは、注目度が高いだけに、どのメーカーだって、自社製品の普及に懸命だ。

わかりやすいケースでいえば、選手をはじめチーム関係者が着るオフィシャルユニフォームだ。胸に付いたロゴが、テレビで映れば、世界中の人の目に入る。宣伝効果はとてつもなく大きい。中国代表チームは選手400人を含め、総勢700人。彼らに支給されるオフィシャルウエアは、中国の国内スポーツメーカー、Li-Ning(リーニン)の製品だ。Li-Ningは漢字にすると「李寧」。李寧とは1980年代の中国男子体操チームの名選手の名前だ。李寧が引退後、実業界に転身し、自分の名前そのものをブランド名に立ち上げた。国家の後押しもあったようだ。

確かに、日本の代表団のオフィシャルウエアも、自国=日本のスポーツ・ブランド、アシックスのウエアだ。どのブランドも自社ブランドを採用されるように、しのぎを削ったはずだ。もちろん、中国も、競技ごとのユニフォームのブランドもロゴも異なる。日本などほかの国と同様だ。ただ、選手団全員が着用するオフィシャルウエアに中国以外の、アメリカのナイキや、ドイツのアディダスのロゴが付いたウエアを、着せるわけにはいかない。

中国の場合、いわゆる「中華民族ブランド」を着用するのは当然、ということだろう。プライドの問題だ。オリンピックを舞台にした、世界的なブランド同士、企業同士の売り込み合戦とは、少し色合いが違う。中国のここ数回のオリンピック代表のウエアはみなLi-Ning。このウエアを着た選手たちが活躍すれば、中国の国内外で、ブランド価値がぐっと上がる。

つまり、Li-Ningというブランドそのものが、国家を代表しているのだ。「全部、自分たちで仕上げる」「中国の力だけで完結させる」――。古い言葉で例えると、「自力更生」だ。冒頭、ドーピング検査をめぐる中国競泳選手たちの反応を紹介してきたが、皮肉なことに、記者会見で中国選手がドーピング検査について、不満・不信を語る際にも、胸にはLi-Ningのロゴがメディアを通じて、映し出されていた。

自国以外の選手・審判にもブランド浸透を図る

先ほど、Li-Ningブランドの浸透には、「国家の後押しがある」と言ったが、やはり、国家が中国の国民に対して、欧米のブランドではなく、自国のブランドを定着させたい、自尊心を植え付けたいとの思いは強い。李寧というスーパースターが立ち上げたブランドは、うってつけだ。

ただし、戦略は次のステップに移っている。Li-Ning中国のスポーツ用品ブランド、Li-Ningのウエアを、中国選手に着せるだけではなく、他の国の選手にも普及させる。また、競技によっては審判員のウエアにも広げることを狙っている。

パリオリンピックでも、バドミントンなど一部の競技においては、審判団にこのLi-Ningのウエアを提供している。テレビを観ている中国の視聴者にとって、自分たちの国の選手だけではなく、審判員がLi-Ningのロゴ入りのウエアを着ているのを確認できれば、Li-Ningというブランドの評価だけではなく、中国という国家の評価にもなる。

ただ、ほかの国の選手団に、Li-Ningのブランドを付けてもらう戦略は道半ば。アメリカのナイキ、ドイツのアディダスの存在は大きい。欧米の大手ブランドが先行している。選手のウエアに付いているブランドのロゴ、競技に関連する品々はいったい、どこの製品が採用されているのか? 競技以外にもパリオリンピックの見どころを見出したい。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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