スポーツを楽しむ子どもたちも多い夏休みですが、私たちJNNが、独立行政法人の学校事故のデータをもとに分析したところ、2005年度から一昨年までにあった熱中症での死亡事故は28件に上り、そのうち18件、6割以上(64%)が「部活動中の高校生」だったことが分かりました。専門家は、“暑さ指数”の重視など抜本的な対策の見直しが必要だと訴えています。
独立行政法人「日本スポーツ振興センター」による学校事故のデータをもとに私たちJNNが分析したところ、公開されている2005年度から2022年度までの間で、熱中症による死亡事故は、あわせて28件。
そのうちの6割以上(64%)、18件が「運動部活動中の高校生」だったことが分かりました。
2009年8月には、茨城県の高校1年生、髙井竜也さんが剣道部の夏合宿中に、意識を失って倒れ、死亡しました。熱中症による多臓器不全でした。
母親
「白目をむいて痙攣している状態。手足も冷たくて小刻みに震えている状態だった」
当日の最高気温は29.3度。雨で湿度が非常に高かったといいます。
2012年7月には、新潟市で高校1年生の男子生徒が野球部のランニング中、熱中症で倒れ、翌日、道路脇で亡くなっているのが見つかりました。
文部科学省は、毎年、熱中症事故を防ぐため、部活動などでは「“暑さ指数”に基づいて活動実施を判断するよう」学校側に求めていますが、あくまで「お願い」ベースで、強制力はありません。
“暑さ指数”(WBGT)とは、熱中症を予防するための指標です。
気温だけでなく湿度や地面からの輻射熱なども関係します。
文科省も学校側に参照するよう薦める日本スポーツ協会のガイドラインでは“暑さ指数”が31以上になれば、「スポーツ活動は原則中止」と記載されています。
しかし、スポーツ指導者たちの間で、“暑さ指数”に基づく活動内容の変更についての意識は、まだ浸透しているとは言えません。
今年2月、日本スポーツ協会が、指導者らに熱中症予防についてアンケート調査を行ったところ、6人に1人(16.8%)が暑さ指数に基づく「活動内容の変更などは行わない」と回答していたのです。
◆「WBGTに基づく対応」(%)
・WBGT31度以上ではスポーツ活動を中止している 24.8
・WBGTに基づいて活動内容を調整している 61.7
・活動内容の変更等は行わない ★16.8
・その他 4.0 ※複数回答可
今、日本スポーツ協会は、啓発活動にも動いています。
きょう(8月1日)始まった日本スポーツ協会が実施する小学生たちによる全国少年野球大会でも、去年から、試合を午前と夕方の2部制にしています。
さらに今年からは、初めて開会式を室内で行い、都道府県のすべての地点で“暑さ指数”が35を超えると予測される「熱中症特別警戒アラート」が試合前日に出れば中止にします。
さらに試合当日も1イニングごとに“暑さ指数”を測り、31を超えたら中止にすることにしたのです。
一方、高校生のスポーツを代表する夏の甲子園=「全国高校野球選手権大会」の暑熱対策はどうでしょうか。
甲子園を主催する高野連(日本高校野球連盟)なども、開幕から3日間、暑さが厳しくなる昼間を避けて午前と夕方に分けて試合を行う2部制を今大会から導入します。
しかし、“暑さ指数”に関しての決め事としては、「熱中症特別警戒アラートが発令された場合には、速やかに対応を協議する」、としたまでです。
日米の熱中症対策に詳しい早稲田大学の細川由梨准教授は、高野連をはじめ、日本の高校生たちをめぐる運動部活動での対応は「不十分だ」と述べます。
詳しく話を聞きました。
——私たちの調べで、これまでの学校での熱中症死亡事故の64%が高校生の運動部活動中のものだと分かりましたが、この数字をどう捉えますか?
本来であれば学校や大人の管理下である部活動において熱中症死亡事故の発生が集中してしまっているということです。個々の選手による熱中症対策だけでなく、環境整備や指導者教育のレベルから抜本的に改善していくべきだと考えます。
——指導者、スポーツ団体、国…。それぞれどういう点が不十分なのでしょうか?
まず指導者たちの認識を改める必要があります。重症度の高い熱中症や熱射病の場合、死に至る可能性があり、熱射病が発生した際にはアイスバス、子ども用プールに氷水を張るのでも構いません。全身冷却など適切な応急手当をする必要があることなどを知ってもらわなければなりません。
次にスポーツ団体です。酷暑下でも無理して練習してしまう一つの理由として、「予選や大会がこの時期にあるから」という話をよく聞きます。年間スケジュールの見直しが必要です。
今や気候変動の影響で、これまで暑さとは無縁だったと考える競技においても熱中症リスクが迫っています。そのため国としては、中止の基準なども含めた競技横断的な暑熱対策の立案とその必要性について警鐘を鳴らす必要があります。
——今年2月、日本スポーツ協会が、指導者らに熱中症予防についてアンケート調査を行ったところ、6人に1人(16.8%)が暑さ指数に基づく「活動内容の変更などは行わない」と回答しました。対策として何が考えられますか?
一部の指導者が「変更を行わない」背景として、先ほども述べた大会スケジュールが影響している可能性があります。本番は暑い環境で実施されるから調整しないのです。大会の実施および中止の基準を、“暑さ指数”に基づいて設定すれば、大会が実施できないような暑さで練習する必要性もなくなります。
——高校での部活動における熱中症での重大事故。個々のケースを詳細に見ていくと、再発防止には何が必要でしょうか?
まずは環境条件に応じた運動時間や運動強度の設定が必要です。ケースバイケースで量より質を考えた練習に移行しなければなりません。また、明らかな環境リスクがある場合には、部活顧問の立会いを必須とすることが求められます。最後に、顧問がいる場合といない場合に分け、緊急時の対応プランを作成しておく必要性を訴えたいです。異変があった場合には、速やかに救急対応に入れるような体制づくりということです。
——日本スポーツ協会のガイドラインでは“暑さ指数”が31以上になれば、「運動は原則中止」とありますが、付則として「特に子どもの場合には中止すべき」とも記載されています。そのために指導者たちは、“高校生なら大丈夫だろう”と誤解するのではないでしょうか?
可能性としてはあり得ます。国も、もっと前に出て、スポーツ大会の実施基準を、強制力のある形で見直すべきです。指導者たちは「自分のチームだけ熱中症対策をして、練習量や時間が減る恐れがある」と感じると、積極的に対策にとりくまないことも容易に想像できます。またガイドラインを改定するにしても、「暑い中で実施するなら、最低限このような対策や物を準備し、実践しなければいけない」というような前向きなメッセージも含めないと、一概にダメと言われるだけでは、現場は聞く耳を持たない可能性があります。
——夏の甲子園について、高野連は初めて開幕から3日間、午前と夕方に分けて試合を行う2部制の導入を決めました。しかし“暑さ指数”については、「熱中症特別警戒アラートが発令された場合、速やかに対応を協議する」との内容にとどまっています。この対応をどう思いますか?
2部制の導入は評価できます。そして今回の実践で明らかになった運営面でのノウハウは他の競技連盟にも共有されるべきです。ただし、暑いのは開幕から3日間だけではありません。本当は、特に地方での予選が課題です。現状では対策は不十分で、このような運営を他の場面でも実践できるよう努力する必要があります。
——日本スポーツ協会が実施する全国少年野球大会では、既に去年から2部制を導入。今年は「熱中症特別警戒アラート」が試合前日に出れば中止にし、当日でも1イニングごとに暑さ指数を測り、31を超えたら中止にすることを決めました。こちらの取り組みはどう評価しますか?
「熱中症特別警戒アラート」は、その都道府県のすべての観測地点で暑さ指数35以上が予測される条件下での発令となるので中止にして当然ですが、試合前日に出れば中止にすることを、きちんと文面として明記している点が評価できます。また1イニングごとに暑さ指数を計測して31を超えれば中止にする点も評価できます。これを根拠に、暑さ指数が31を超える環境でも練習しなければいけないという焦りを払拭できるはずです。
——海外での熱中症対策と比較すると、日本は何が不十分なのでしょうか?
私が研究の拠点としてきた米国でも「労作性熱射病」、いわゆる最も重症度の高い熱中症による学生アスリートの死亡例はあります。課題を多く抱えてはいますが、(1)科学的根拠に基づいたガイドラインを策定し、実装している州が増えていること、(2)多くの高校・大学のスポーツ現場にアスレティックトレーナーをはじめとするスポーツ医学の専門家がいて、リスク管理が一般学生のスポーツ現場においても実施されていること。この2点において、熱中症に関わる安全対策はアメリカの方が進んでいると感じます。
<取材後記>
子どもたちの心と体を育む健全なスポーツ活動を続けるために、どうするべきか。ちなみに「熱中症警戒アラート」は、暑さ指数が33以上になると予測された場合に発表されます。“運動は原則中止”の31を超えると予測されているわけです。地域ごとの“暑さ指数”は、環境省の「熱中症予防情報サイト」から無料でメール配信サービスを受信することができます。国を含め、すべてのスポーツ関係者は、大会時期の変更を含め、もっと暑さ指数を重視して、抜本的な対策を行う必要があるのではないでしょうか。
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