75歳以上の高齢者などが加入する後期高齢者医療の健康保険証が、8月で更新される。12月2日から現行の保険証はマイナンバーカードと原則一体化されるため、対象者には「最後の紙の保険証」となる。 いまだに一部の高齢者からは「廃止後はどうなるの?」との声も聞こえる。残り4カ月。性急な制度変更にデジタル弱者が置き去りにされている。(長久保宏美) 【関連記事】マイナ保険証がなくても12月から病院にかかれるの?【Q&A】

◆なぜ?どうしたらいいの?途切れぬ疑問

東京新聞のマイナ保険証取材班には、高齢者から不安や疑問の手紙やメールが今も途切れない。

高齢者から取材班に届いた手紙やメール。マイナ保険証への不安や疑問の声がつづられていた

「任意ではなかったのですか」 「カードを紛失したらどうすればいいのか」 「次のカード更新は85歳。果たして、その時点で更新ができる身体状況にあるか。私たち老人には更新できるかどうかが問題です」 「独居老人。代理申請を頼める人いない。手続き書類煩雑すぎる」 「老人施設にカードを預けるのは不安」 「カードの申請にすら行けない高齢者にとって二重三重苦。政府がなぜ性急なシステムの導入を強制するのか疑問大」

◆カード持たない80代女性「診察も薬も止める」

取材班に意見を寄せた高齢者の多くが望んでいるのは、現行の保険証の存続だ。 「病院・薬局でカードがないと断られたら、診察も薬も止めます。人生初めての反抗です」 マイナンバーカードを持つつもりはないと宣言する80代の女性からは、こんな意見も届いた。マイナ保険証への一本化によって、医療を受ける権利すら脅かされようとしている。

◆個人情報が流出したら…

福島県郡山市に住む吉川佳子さん(80)は「とにかく不安で仕方がない」と話す。 自身と認知症の症状がある夫・一男さん(84)は、マイナンバーカードを持っておらず、今も現行の保険証を使っている。

夫の認知症について支援団体のスタッフに説明する吉川佳子さん(左)=福島県郡山市で

夫婦は2カ月に1度、自宅から約8キロ離れた郡山市内の病院に通う。移動は吉川さんの運転する車だ。 吉川さんに7月末に届く保険証が最後の紙の保険証になることを告げると、驚いた表情でこう話した。 「本当になくなってしまうのですか。少しは(新規発行停止は)延期するのではと思っていました。現場の準備ができていないのに、国の方針だけで突き進んでよいものなのか」 吉川さんは「カードは紛失するのが怖いし、使い方も分からない。暗証番号だって覚えられるかどうか。個人情報が流出して犯罪に巻き込まれるかもしれない。大阪府でマイナンバーカードを偽造した詐欺事件があったというんでしょ」と話す。

◆届かぬ情報、資格確認書「知らない」

12月以降に保険証の有効期限が切れても、「資格確認書」という保険証の代わりになるものが「当面の間」交付される。そのため、マイナ保険証を登録していなくても、しばらくは病院にかかることは可能だ。 吉川さんは、資格確認書の存在についても知らなかった。「どうして保険証と同じ機能のものを新たに作り直さないといけないのか」

後期高齢者向けの保険証が更新を迎え、高齢者の元にはマイナ保険証の案内とともに「最後の紙の保険証」が届いている

マイナ保険証への移行について、国や自治体はCMやチラシなどで周知している。吉川さんが、ことさら保険証のことについて詳しくないのか。 「そんなことはない」と複数の医師は言う。都内の特別養護老人ホームのスタッフらによると、吉川さんのような高齢者は少なくないという。

◆多額のバラマキ、利用促進には躍起

今や政府は、多額の予算を投じ、マイナ保険証の利用促進に躍起となっている。制度の中身すら把握できていない高齢者たちの存在について、どう考えているのか。 厚生労働省の担当者は「各自治体に、12月2日以降の保険証の取り扱いなどについて説明した事務連絡を出す一方、今後も新規加入者や更新者向けに周知・広報を進める」と話すが、浸透しているとは言い難い。

◆今の保険証に何の不便もないのに…

マイナ保険証取材班に意見を寄せてくれた東京都杉並区の村田尚子さん(84)の元にも先日、紙の保険証が届いたという。有効期限は1年後の2025年7月31日だ。 現行保険証の廃止に納得できない村田さんは、こう訴える。 「役所からマイナ保険証のチラシが来るが、読んでもよく分からない。今の保険証で何の不便もないのに、なぜ変えなきゃいけないの。国がやっているのは、まるで弱者切り捨て。高齢者のことをどこまで考えているんでしょうか」

後期高齢者医療制度 75歳以上の人、または65~74歳で一定の障害の状態にあると認定を受けた人が加入する医療保険。被保険者数は全国で1940万人(2023年)。窓口での医療費の負担割合は、所得により1~3割まで変化する。保険証は各市区町村から届く。財源(2022年度の予算総額18.4兆円)の8割は、税金と現役世代の保険料から支出される支援金で賄われている。

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