創業1702年、300年以上続く老舗染物店が鳥取県米子市にあります。
後継者不足などを理由に日本の伝統文化が消えていく中で、店の暖簾を受け継いだのは26歳の青年。
染物の新たな可能性を切り拓こうとする若き14代目の挑戦を取材しました。
豪快に書かれた「大漁」の文字、鮮やかなグラデーションで表現された大山。
伝統の技法「筒描き染め」でつくられた大漁旗です。
米子市の本通り商店街に店を構える松田染物店。
創業1702年、300年以上の歴史を持つ老舗染物店です。
「手の角度とか動かし方によってはうまく糊が出なかったりとか、そういう部分があるので、そこはまだまだ難しい」
そう話すのは、店の14代目・松田一晟(いっせい)さん、26歳。
大阪の大学を卒業した2020年、ふるさと米子に戻り、染物職人としての道を歩み始めました。
以来、父である13代目の成樹(なりき)さんのもとで修業しながら、店を切り盛りしています。
松田染物店13代目 松田成樹さん
「ものづくりというのは好きじゃないとできないところもあるので、そういう意味ではしっかり継ぐっていう意志でよく染物屋に入ってくれたなと思う。」
松田染物店14代目 松田一晟さん
「最初の方は見返したりすると、かなり下手くそだなと思うけど、そこに比べるとやっぱり上達しているなと感じる。やっぱり仕事はできることが増えると楽しいと感じますね」
老舗染物店の長男として生まれた一晟さん。
家業を継ぐと決めたのは、小学生の頃でした。
松田染物店14代目 松田一晟さん
「小学校4年生のときに父親が小学校にゲストティーチャーで来校したことがあって。その時はじめて詳しく父の仕事を聞いて、素直にかっこいいなって、誰でもできる仕事ではないと思って。それで、小学校6年生の卒業式のときに全校の前で宣言をしたのが、親に継ぐと言った最初の発言ですね。」
県外での就職で地元を離れる友人も多くいる中、一晟さんの決意は揺らぐことなく、大学卒業後、小学生のころの宣言どおり家業を継ぎました。
ふるさとに戻って4年。
いま一晟さんが感じているのが、伝統工芸の世界、そして生まれ育ったまちに押し寄せる『時代の波』です。
松田染物店14代目 松田一晟さん
「やっぱり昔に比べるとお店とか減ってきたかなと思いますね。後継者不足とか、若い人が都会に出て行ったり・・・」
岐路に立たされている日本の伝統工芸。
1979年には全国におよそ29万人いた従事者も、2016年には6万2000人あまりに減少。
その理由が、後継者不足や産業の機械化による需要の変化だといいます。
松田染物店14代目 松田一晟さん
「この先お客様の需要とかも変わっていく中で、そのときのニーズに応えながらうちも仕事をしていかないといけない。」
一晟さん、伝統を守るだけでなく、染物の"新しい価値"を模索し始めました。
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