マイナ保険証の利用を増やそうと、政府は各健康保険組合にも圧力をかけている。 武見敬三厚生労働相は国会で「利用率に関係なく、12月に現行の健康保険証を廃止する」と表明したが、厚労省は各組合に「11月時点で利用率50%」を目安に目標設定を求めていた。 「ノルマ」を課すかのような政府の要請に健保組合の腰は重い。過大な目標設定に組合側の本音は…。(長久保宏美、戎野文菜)

厚労省が各健保組合に通知した補足の文書。利用率の目標設定に際して「11月時点で50%を基本」と記されている

◆利用率50%を基本に目標設定を

「当組合としては利用率アップには一切、取り組んでおりません」と話すのは、大手飲料食品メーカーの健保担当者だ。 被保険者は扶養の家族も含めると約5000人。マイナ保険証の利用率は直近で7%程度しかない。 その組合に厚労省から文書が届いたのは今年1月下旬のことだ。 「保険局長」名の「マイナ保険証の利用促進に向けた更なる取組への御協力のお願いについて」との通達で、組合ごとに今年5月、8月、11月時点での利用率の目標を設定し、2月下旬までに報告を求めていた。 厚労省は、目標は「各保険者において設定」としながら、通達を補足した追加文書で「参考として、11月時点で50%を基本とする」を案内していた。 この健保担当者は「いずれの月も目標は5%程度と回答した。そもそも、利用率を強制的に上げるために保険証を廃止するのだから、目標設定や促進策は不要と判断した」と話す。

◆アメをぶら下げても…

ネットで調べると、かなりの数の健保組合が、政府が「基本」とした「11月時点で50%」を目標値に設定している。 50%の目標を掲げるIT業界の健保担当者は「国が出している方針ですから、従わないわけにはいかない」と力を込める。ホームページで周知したり、機関誌で特集を組んだりしているという。 政府は普及を進めるため、組合側に「アメ」も用意。利用率50%達成を、高齢者医療費への組合側の負担を減額する条件の一つに盛り込んでいた。 高齢者の医療費は一部を現役世代の保険料で賄っており、減額となれば健保組合の負担はいくぶんか軽くなる。 それでも多くの組合では、いまだに利用率が1桁台にとどまる。

◆不満たらたら、目標は名ばかり

愛知県内の健保組合は、目標を「50%」と報告しながら、それが名ばかりであることを隠さない。 この健保組合の担当者は「(国の要請に)周りの健保はみんな怒っていて、国が示した目安をそのまま書こうとなった。50%なんて達成できるわけがない」と漏らす。 「国の進め方は性急すぎる」。今月初めに関西で開かれた健保組合の会合では、各組合から国の普及策への不満が相次いだ。

◆「便利なら勝手に広がる」

東京都内のある健保組合では、4月になってようやく利用率が4%を超えた。 この健保組合の担当者は「いまだに薬局で『お薬手帳を持ってきて』と言われる状況の中、マイナ保険証に移行することが本当に被保険者のためになるのか疑問。利用率を上げようという気は全然ない」と明かした。

マイナ保険証の利用を呼び掛けるチラシ。全国健康保険協会(協会けんぽ)と健康保険組合連合会の名前がある

この担当者は「50%目標は無理。マイナ保険証が便利であれば勝手に広がっていく。国が組合に言ったところでしょうがない」とさじを投げる。

◆「取得は任意なのに」健保加入者も憤り

大手ゲーム会社に勤める30代の男性社員は6月下旬、会社からマイナ保険証への移行を促す通知を受け取った。 会社からの通知には、現行保険証の代わりとして当面使える「資格確認書」に関する説明がどこにもなかった。同僚には「マイナ保険証の取得は必須」と誤解した人もいたという。 通知は、この会社の健保組合からの要請を受けたものだった。この健保組合は国の案内に沿って「11月で利用率50%」の目標を掲げていた。 健保組合を駆り立てて利用促進を図ろうとする政府のやり方に、男性社員は「利用を強制するかのようで、強い憤りを感じる。取得は任意であるのに、そこに目標を設定すること自体あり得ない」と批判する。

◆厚労省「50%は一定の目安」

「利用率50%」という目標について、厚労省医療介護連携政策課の担当者は「それぞれの保険者に一定の目安として示したもの」と説明する。 政府が、マイナ保険証の利用率について具体的な数値目標を掲げるようになったのは昨年暮れのことだ。 利用率はピークだった2023年4月から7カ月連続で下落し、2023年11月には4.33%にまで落ち込んだ。

医療保険者に対しマイナ保険証利用の目標値の目安「50%」を示した厚労省の通達

危機感を抱いた政府は翌12月、国立病院機構などの公的医療機関に対し、2024年の5月末時点と11月末時点の利用率の目標を設定するよう要請。利用促進へテコ入れを図った。 このとき政府から公的医療機関に求めた目標が、「2023年10月の利用率から24年11月時点で利用率を50ポイント超上昇させる」というものだった。

◆実態は7%…でも「目標値の変更予定ない」

健保組合に示した「11月に50%」の目標設定は、公的医療機関への取り組みを拡大したものだ。 厚労省の担当者は「公的医療機関では率先してマイナ保険証を使ってほしいので、高めの設定にする発想があった」と話す。だが、「50%」とする目標値の根拠は「分からない。なんでこの数値にしたかというのが、何も残っていない」と説明した。 5月時点の利用率は7.73%。国が「基本」とする目標値の50%とは、依然として大きな開きがある。 厚労省の担当者は「現時点で(目標値の)変更は予定していない」と話している。

マイナ保険証の利用率の目標設定 厚労省が各健保組合に通知した補足の文書では、目標設定の参考となる考え方として「11月時点で50%を基本とすることが考えられる」と明示。「一定の基本的な考えを参考に利用率の目標設定をしていただくことにより(中略)医療機関・薬局、事業主等の一体となった働きかけが可能になるといった効果が期待されます」とし、50%の目標設定を促していた。

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