温泉の湯煙が立ち上る大分県別府市の中心部に今年3月、リニューアルオープンした老舗ホテルがあります。新型コロナウイルスの感染拡大で客数が激減し、負債が売上の16倍まで膨らみ、倒産寸前まで追いやられたホテルでしたが、復活に向けて歩みを進め始めました。

新型コロナで打撃…倒産寸前に

ホテルのエントランスを入ると、右手に自家製スイーツやオーガニックコーヒーを提供するカフェ。左手にはパソコンや読書ができるワークスペース。そして前方にはゆったりとくつろげるロビーが広がります。

1階ロビー

今年3月にリニューアルオープンした別府市北浜のホテルアーサーは、カフェやレストラン、温泉など、様々な機能が備わった複合型宿泊施設「KITAHAMA BASE(キタハマベース)」に生まれ変わりました。温泉は従来の客室を減らして広い空間へと拡張。別府の温泉文化である共同浴場の雰囲気を取り入れつつも、デザインを凝らした浴場に仕上げています。

3月15日にホテルアーサーが開いた記者会見で、日名子健太郎社長はリニューアルの背景をこう説明しました。

日名子健太郎社長

日名子社長:
「新型コロナで客足が激減し、2020年5月には休館を余儀なくされました。その後、度重なる緊急事態宣言と国の全国旅行支援事業で稼働率は上下を繰り返しましたが、以前の水準に戻りませんでした」

新型コロナウイルスで宿泊業や観光業全体が大きな打撃を受けた2020年、別府で最も老舗と言われるホテルアーサーも倒産寸前の状況に追い込まれていたのです。

旅館からビジネスホテルとして成長も…

ホテルアーサーは1913年、「さぬきや旅館」として別府で営業を始めました。日名子健太郎社長は4代目。1995年、後継ぎとして別の就職先からホテルに戻ってきました。「さぬきや旅館」がビジネスホテルとして成長し、ヨーロッパ調の洋館をテーマとした「ホテルアーサー」にちょうど衣替えをした時期でした。

旧ホテルアーサー

日名子社長:
「当時はバブルが弾けていましたけど、別府はそんなに景気は悪くなかったですね。うちも開業したばっかりの新築のホテルということで、毎日が嫌になるぐらいお客さんが多かったですね」

しかし、その後、別府市に県外資本の新たなホテルや旅館が次々と進出してきます。2003年、近隣に福岡のビジネスホテルが進出すると、競争が激化します。

別府市

対策として、ホテルアーサーも約3000万円を投じて内装をリニューアルし、ヨーロッパ調のテイストに強化しましたが、大きな効果が出ませんでした。その後、2008年のリーマンショックで予約が激減。金融機関からの借入金は膨らみ、コロナに入る前の時点では、元本据え置きで金利だけ支払うという状況に陥っていました。そして新型コロナウイルスの感染拡大が始まります。

日名子社長:
「顧客がいなくても、従業員を抱えている以上、支払い続けなければいけません。社会保険料の滞納だとか、そんなものが重なってきて…」

追加融資拒否…借金が年間売上の16倍に

最大の危機は、追加の融資を金融機関に断られたことでした。経営悪化から借入金の元本だけでなく、利子も支払えない状況に陥ったのです。

日名子社長:
「今までうちがしっかり対応してこなかったことの裏返しでもあるので、決してその金融機関が悪いとは思っていません。ただ、何かと困った時には助けてくれるんじゃないかという甘い考えを持っていたところもあると思います」

旧ホテルアーサー

当時の借金は、年間売上の16倍にも膨らんでいました。借り入れができないため、あと数か月で倒産します。倒産か、ホテルの売却か、どこか支援先を見つけるか、厳しい状況に陥っていました。この時の状況を、日名子社長の妻・敦子さんはこう振り返ります。

日名子敦子さん

日名子敦子さん:
「当時はまだ、大学生2人、高校生2人の子どもがいたんです。娘たちの志望校が私立だったんですけど、いまさら国立に行けとは言えないよねって夫と話していました。夫は弱音を吐かないし、ずっと健康だったんですが、さすがにその頃は『朝起きられない』ということがありました。本当は精神的につらかったのだと思います」

会見する日名子社長 2024年3月

倒産が刻一刻と迫る中、転機が訪れます。金融機関が日名子社長に中小企業再生協議会(現在は中小企業活性化協議会)を紹介しました。中小企業再生協議会とは、財務上の問題を抱えている中小企業の再生を支援する組織で、専門家が経営改善計画の作成や実行に携わります。この協議会を通じて、地元大分県で再生ファンドを手掛ける大分ベンチャーキャピタルが再生支援を開始しました。

低価格競争からの脱却、業態変更

負債の整理を進めるとともに、まず手掛けたのは、「安売り」戦略の見直しです。当時、周辺ホテルとの価格競争の影響で宿泊料が下がっていて、平均単価は5000円程度。利益がほとんど出ていませんでした。

そこで地元の飲食店とタッグを組み、夕食を付けた1泊1万円のプランを作りました。当時の国の全国旅行支援事業を利用すれば、利用客は5000円で1泊2食付きとなります。この単価向上策で、当面の運転資金の確保ができるようになりました。

こうした営業努力を続けながら、ホテル自体の改装の検討を始めました。様々な専門家が加わり、1年かけてコンセプトを練り上げました。

1階カフェ

日名子社長:
「駅前という立地と温泉をどういかすのか、今の客層から広げるためにはどういうコンセプトがいいのか、結構そこに時間がかかりました。当時のビジネスホテルからどうしたら生き残れるか。今あるものを残しつつ、いまどきのホテルになるようコンセプトを練りこみました。地域に根差したホテルでありたいという、自分たちの思いを形にしてもらう言語化の作業でした」

リニューアル工事を計画していた時に、補助上限額1億円・補助率2分の1という観光庁の補助金が使えるようになったことも後押しとなりました。補助金を活用して当初の計画よりも大規模な改装を実施することができました。

温泉

リニューアルの結果、女性やカップル、ファミリー層の利用者が増加し、1室あたり平均客数が1.1人から1.4人に向上。客室単価も1万円以上に。男性客がメインのビジネスホテルから地元住民と旅行客が集うライフスタイルホテルへと生まれ変わりました。

日名子社長:
「金融機関が支援としてホテルの運営に携わる人材を割けるかというと無理だと思います。今回、大分ベンチャーキャピタルなどには本当に手となり足となりというぐらい支援をいただきました。私の考えていることの相談相手になり、実現化に動いてくれました」

「大きな企業であればいろんな人材がいて相談できるかと思うんですが、うちのような家業のような会社は人材不足で専門的な知識に弱いと思います。当社に限らず小さな企業にとってはそういった心強い味方がいることが大切だと思います」

客室

倒産寸前の状況から4年かけて立ち直ったホテルアーサー。今後は支援がなくても自立していける会社にしていきたいと日名子社長は語ります。

日名子社長:
「あくまで結果論かもしれませんが、真面目に商売していたのが良かったのかもしれません。他社を押しのけて商売するようなことは性格上、私も父もできなかったですし、地域のために堅実にやってきたつもりでした。自分ではどうにもならない状況に陥った時、いろいろな方が支援してもらっていると本当に思いました」

「でも、会社は行き当たりばったりじゃダメですね。計画を立てて実行するとか、検証するとか、自分たちの強みや弱みをしっかり把握して、その強みをしっかり伸ばしていく。弱みを少しずつでも減らしていく。そういう努力を常に、週単位、月単位とかでやっていかないといけないですね」

(取材・OBS大分放送 古城秀明)

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