3年前に石川県珠洲市に移住し、奥能登の素材を使った蒸留酒「のとジン」を製造している松田行正さん(54)が、能登半島地震前に手がけた炭酸飲料「のトニック」に今月新たな味を加えた。製品の原料植物の確保など今後に不安も抱えるが、地震後開発した初の新商品に「能登全体を盛り上げ元気づけたい」と気持ちを込めている。(上井啓太郎)

地震後に開発したのトニックの塩味の「加糖」と「無糖」を持つ松田行正さん=石川県珠洲市上戸町北方で

◆能登のユズやカヤで「蒸留酒を造ろう」

 広島市出身で北海道や東京都内のIT企業で働いた。もともと洋酒が好きで、能登に育つユズやカヤなどをボタニカル(原料植物)として蒸留酒を造ろうと、2021年3月に東京都港区から珠洲市に引っ越した。本業のIT企業の仕事もテレワークでこなしながら、海外蒸留所でののとジン生産にこぎつけ、2022年春から販売を始めた。  販売は順調で、今年1月5日には、ユズなど能登の植物を使った炭酸飲料「のトニック」の第1弾発売を控えていた。元日、のとジンを置いている市内の取引先を回っている最中、激しい揺れに襲われた。事務所兼自宅は海沿いで、津波もすぐ近くまで来たが、奇跡的に被害は少なかった。

◆「売り上げの一部を被災地支援に回してくれたバーも」

 「のとジンを飲んで能登を応援しよう」という動きが各地のバーで自然発生的に起こり、その声に応えようと、同7日にはのとジンの地震後初出荷にこぎつけた。半年分の1500本の在庫は2月17日までに完売。「店での値段の1割や3割を被災地支援に回してくれたバーもあった」と振り返る。  一方で原料の奥能登の木の被害も徐々に明らかになった。ユズは木が倒れる、管理者がいなくなるなどで、収穫量は以前の半分程度の見込みに。のとジンに使うユズの皮は今年の生産分はあるが、1月中旬に発売したのトニック用の果汁は尽きた。クロモジなど他の原料も、収穫地までの道が崩れて確保が見通せない。

◆奥能登での蒸留所建設も諦めない

 そんな状況でも、松田さんは能登の塩を使った第2弾ののトニックの開発を始めた。珠洲市の奥能登塩田村の塩と、七尾市ののと島クラシカタ研究所の塩を配合し、「塩の風味がほのかに感じられる飲みやすい商品」を作り上げた。6月14日に「無糖」と「加糖」の2種類が完成。7月後半には「微糖」もラインアップに加わる。秋ごろには、復興のメッセージを込めた新しいのとジンも完成する予定だ。  のとジン開発時、蒸留酒の本場英国で交渉の末に試作品を完成させるなど、強い思いで夢を実現させてきた松田さん。長期的な夢である奥能登での蒸留所建設も諦めていない。「日本の心、文化が残っている能登は、守っていかなければいけない地域。僕ができるのは、能登以外の皆さんの注目を集め、少しでも人口流出を食い止めることだと思う」と力を込めた。 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。