今年5月、兵庫県尼崎市の施設で行われた講演。集まったのは犯罪で被害に遭った人や遺族たち。壇上にはある1人の遺族がいた。2021年、大阪・北新地の心療内科クリニック放火殺人事件で夫を亡くしたAさん。Aさんの夫は当時復職に向けてクリニックに通っていたが、その最中に事件の犠牲となった。

(Aさん)「私は夫から復職のめどがたったから春から働こうと思い、その話をしたいから時間を取ってくれないかと言われていた。しかし、その話を聞けないまま夫は亡くなってしまいました」

Aさんの夫は以前、国家資格を生かして正社員として働いていたが、生きづらさを感じ休職。クリニックに通いリワークプログラムを受けていた中で、事件が起きた悲しさと不安な気持ちを抱く中、夫の確認のために警察署へ向かったAさん。そこで説明を受けたのが「犯罪被害給付制度」だ。

Aさん「こんなことを国が考えていて、助けてもらえるのだという、その時に感じていた気持ちがよみがえってきた。『この制度に助けてもらえるのだな』という期待みたいなのを持っていました」

「再び平穏な生活を営むことができるよう支援する」犯罪被害給付制度

犯罪被害給付制度は殺人や傷害など故意による犯罪被害に遭った人や遺族を対象に、国が経済的な補償をする制度だ。この制度で支給される「犯罪被害者等給付金」は犯罪により亡くなった遺族が受け取れる「遺族給付金」、犯罪被害による1か月以上の加療を要するケガなどに支給する「重傷病給付金」、障がいが残った被害者に支給される「障害給付金」の3つで構成されている。このうち「遺族給付金」は支給額の算定には法律により定められた様々な基準があり、すべての条件を満たすと最高で約2964万円が受け取れることになっている。

制度の案内には、制度の趣旨について、「社会の連帯共助の精神に基づき、国が給付金を支給しその精神的・経済的打撃の緩和を図り、再び平穏な生活を営むことができるよう支援するもの」とうたわれている。しかし、Aさんにとって『救いの制度』だと思っていた期待は覆される事態となった。

算定には『被害当時の収入』に基づき計算 休職中などで支払額低く課題

給付金の算定には、被害当時の収入に基づき算出される「基礎額」と呼ばれるものに養っていた家族の人数などに応じて算出される。「基礎額」には、被害者の年齢に応じた「最低額」と「最高額」が設定されている。

例えば被害者が20歳未満の場合の最低額は3200円となり、倍数を掛け合わせると金額は320万円となる。最終的な額は都道府県の公安委員会により決定される。

Aさんの場合、夫が当時休職中であったことから、給付金の基礎額が低いという壁にぶつかった。制度では休職中や幼い子どもなど収入が無い場合、残された家族への支払額が低いことなどが課題となっていた。

この制度での最低額は320万円と最高額との間には大きな差があるうえ、交通死亡事故で遺族に支払われる「自賠責保険」の平均給付額が約2500万円(2021年度)であることを踏まえると、最低額は3分の1にも満たない額となっている。

最低額が一律引き上げに…遺族へのサポートに『一人にしないで』

今回、講演を主宰した「犯罪被害補償の会」はこうした問題を国に訴え続けてきた。そんな中、国は去年、犯罪被害者への施策の推進を決定、警察庁が検討会を進め、協議を行ってきた。その結果、基礎額の「最低額」を一律6400円に引き上げるなどの改正が行われ、6月15日以降に発生した事件の被害者を対象に引き上げられた。

また、受給する遺族が配偶者や子ども、両親だった場合には基礎額に一律4200円を加算する点も新たに加わった。国は今回の見直しにより大半の犯罪被害者遺族が1000万円を超える給付額が実現できるとしている。一方でAさんは制度があるだけではなく、申請や制度の内容などに関し、被害者に寄り添った形での情報提供やサポートが重要だという。しかし今回の改正ではそうした点は見いだせなかったと指摘する。

(Aさん)
「(給付金は)パンフはくれるけど必要なら自分でどうぞと。『一人にしない』、悩み、不安をわかちあえる支援のあり方、困ったときにはこの窓口に行ったらいいですよという、手を差し伸べてくれるような仕組みがあったらと思います。しかし、今回の改正ではそうした点はなかなかみつけられませんでした」

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