突然ですが、あなたは何歳まで働きたいですか?
定年のある仕事、その気があればいつまでも続けられる仕事、事情があって辞められない仕事など、仕事への関わりは人それぞれ。
そうした中、今年(2024年)5月28日の新聞に「『高齢者』5歳引き上げへ提言 65歳以上→70歳以上に?」という見出しが(朝日新聞)。
同月23日に行われた内閣府の経済財政諮問会議に関する記事です。
2030年代に加速するという日本の生産年齢人口(15~64歳)の減少を背景に、会議で民間の有識者議員が「全世代の生産性向上を目的にリスキリング(学び直し)について議論する必要性を訴える中で、高齢者の定義を5歳延長することも検討するように、政府に求めた」(前掲記事)とのこと。
この「リスキリング」という言葉、経済産業省が行っている「デジタル時代の人材政策に関する検討会」の資料に以下の説明があります。
「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」
出典:経済産業省 第2回デジタル時代の人材政策に関する検討会 資料2-2
デジタル化にDX、生成AIなど、続出する新技術が私たちの生活を激変させる今日。69歳までは年寄り扱いしないで働き手に勘定し、これからの働き手には新技術・新時代に対応する職業知識・技能を身につけてもらって、みんなで頑張ろう、というのが国や経済界の目論見のよう。
こういうことに、つい学校標語みたいな四字熟語(生涯現役、継続成長、一生懸命、粉骨砕身、……)を連想するのは筆者だけでしょうか。
そんなこんなで、今回は「リスキリングを気にしていそうな人」の横顔を、調査データから見てみようと思います。
世の中の1割がリスキリング志向
今回紹介するTBS生活DATAライブラリ定例全国調査(注1)には、「仕事や学業以外で、月謝・授業料などを払っても、学んだり、習ったりしたいもの」を尋ねる質問があります。
回答者には「その他」を含む12個の選択肢から、現在習っているものも含めて、あてはまるものを複数選んでもらいます。
調査は13~69歳男女が対象ですが、今回は職業が関係する話題なので、働いている人を「勤め人」と「自営業・自由業など」に分け、比較で「主婦」も加えた3群で集計してみました(注2)。
以下の棒グラフは、自腹で習いたいことの上位5つについて、この3群ごとに集計した結果を示したものです。
この中でリスキリング関連の選択肢は「仕事関係の知識・技術習得・資格取得のためのもの」で、勤め人の選択率は1割強。それより上位の「語学」や「趣味」、下位の「スポーツ」「料理」と比べてもそれほど大差なく、全体として、いろいろ学びたい中の1つという感じ。
自分で仕事を切り盛りする自営業・自由業などでの選択率も1割強。人に雇われて働く勤め人よりやや多いような、それでもあまり変わらないような…、といったところ。
一方、主婦では「趣味」と「料理」が突出するものの、その陰でリスキリング項目の選択率も1割ありました。
こうしてみると、勤め人でも何でも、世の中に1割くらいは自腹ででもリスキリングしたいという「リスキリング志向」の人がいるようです。
自分の生き方を大切にしたいリスキリング志向
こうした奇特な向上心の持ち主は、どんな価値観をあわせ持つのか。
ここからは、特にリスキリングという話題が身近そうな「勤め人」に絞って、リスキリング項目を選んだ「リスキリング志向」の人とその他の人を比べる集計を進めていきます。
リスキリングは仕事の知識・技能を身につける話なので、仕事についての考え方(仕事観)にそうした志向の人の特徴が表れるかも。
そう考えて、TBS生活DATAライブラリ定例全国調査の「仕事についての考え方」の質問(24個の選択肢からあてはまるものを複数回答)を集計してみたのが、次の棒グラフです。
選択率上位の項目を並べた左のグラフを見ると、「仕事は生活の手段」という考えはリスキリング志向者もその他も8割弱。一方、志向者では「仕事で家庭を犠牲にしない」「出世は気にしない」など、“会社の仕事が全てではない”という考えの持ち主が、その他よりもやや多い感じ。
また、その他との差が大きいものを並べた右のグラフを読み解くと、「仕事は自己表現・自己実現につながるけど、いつも忙しいから、育休も取りやすい職場ながら、出来ればテレワークしたい」という感じ。
自分の生活や生き方を大切にしたい「今どきのまっとうなビジネスパーソン」の姿が見えるようで、ねじりハチマキのモーレツ軍団が昼夜・公私の別なく働く「昭和の会社員」とは雲泥の差です。
自分、リスク、リスキリング
ここまでの分析で、リスキリング志向の勤め人は、仕事において「自分」というものを大事にしている印象を抱きました。
では、仕事観以外のことでは、何を大事にしているのでしょうか。
今度は種々雑多な意見・行動を50個並べ、その中からあてはまるものを複数選んでもらうという質問を、同じように集計してみました。
そこから、リスキリング志向者のどんな一面が見えるでしょうか…。
選択率上位の項目を並べた左のグラフを見ると、「日々楽しく健康で平凡に暮らす」ことにリスキリング志向者もその他も7割が賛同。しかしそれ以外は、右のグラフも含めて、その他より志向者の選択率が明確に上。
見てみると、「免許返納」「将来に備えて貯蓄」「社会を良くする行動」など、現在や将来の問題・課題に備える「リスク対応」意識が強い印象。「ほしいものを買う時に情報収集」も、失敗を避ける姿勢に通じていそう。
一方、「自分好みの生活」「一生打ち込めるもの」など、先ほどの仕事観でも指摘した「自分の生活・生き方を大事にする」感覚もあり。
ここで興味深いのが、やはり志向者で選択率が高い「教養や趣味が豊かでもお金がなくてはどうしようもないと思う」という項目。
自分の趣味ややりたいことを大事にするリスキリング志向者ですが、生活を犠牲にしてでも趣味を極める趣味至上主義者ではなさそう。志向者にとって、「自分(の趣味嗜好)を大事にする」ことと「リスク対応」では、後者の優先順位のほうが高そうです。
データで眺めてきたリスキリング志向の勤め人の姿には、きちんと自分の生活に向き合い、世の中の情勢を考えて、自腹を切ってでもスキルアップして将来のリスクに備えようと意識している様子がうかがえます。
学校標語の四字熟語を人間にしたら、こういう人になるのかも。
世の中の1割を占めるという、こんな人に会ったら「本当に真っ当な人だなあ」と尊敬せざるを得ません。国も経済界も泣いて喜ぶでしょう。何しろ、自腹を切ってでもリスキリングしてくれるというのですから。
問題は残り9割の「自分では動こうと思っていない人々」。国や経済界が呼びかけたとしてどこまでその気になるものか。
ところで「笛吹けど踊らず」ということわざの四字熟語は何でしょうね。何であれ、学校標語にはなじまないですね。
注1: TBS生活DATAライブラリは、1971年の開始以来「JNNデータバンク」という名称で続けてきましたが、2024年4月に改称しました。
注2:「勤め人」には事務系、技術系、サービス系、労務系の各従事者と管理職、「自営業・自由業など」には商工・サービス業自営、開業医・弁護士・会社役員などの自由業、農林漁業が含まれます。
<執筆者略歴>
江利川 滋(えりかわ・しげる)
1968年生。1996年TBS入社。
視聴率データ分析や生活者調査に長く従事。テレビ営業も経験しつつ、現在は総合マーケティングラボに在籍。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版(TBSメディア総研が発行)で、テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。2024年6月、原則土曜日公開・配信のウィークリーマガジンにリニューアル。
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