過去最多の56人が立候補した東京都知事選は、候補者数が都選挙管理委員会の想定を上回り、ポスター掲示板の掲示区画が足りない。一部の候補者がクリアファイルで掲示スペースを継ぎ足す異例の事態に。当選目的とは思えないポスターが「ジャック」するかのように、たくさん張られた掲示板も目立つ。  「同じポスターが張られているのは何なのか」。都選管には21日までに、1000件を超える苦情や問い合わせが寄せられた。選挙の公平性が問われかねない状況を、有権者はどう捉えているのか。

◆同じポスター23枚…枠外にクリアファイルでヒラヒラ

 21日午後1時すぎ。新宿区の都庁近くの掲示板では、枠外に張られたクリアファイル入りのポスターが雨に打たれて下を向き、風が吹く度にばたばたと揺れた。掲示板には同じデザインの別のポスターが23枚。眺めていた杉並区のパート職員の女性(64)は枠外のポスターに目をやり「あちらが気の毒。譲ってあげればいいのに」とため息をついた。

都庁近くの掲示板に張られたポスター。枠外のポスターが雨で垂れ下がっていた=21日午後6時48分、東京都新宿区で

 掲示板には、同じ女性のポスターがずらり。枠外で垂れ下がるクリアファイル入りの別のポスターは、風が吹くタイミングで辛うじて見える。友人の武蔵野市の女性(63)は「ポスターの内容に規制がないと初めて知った。今後やり方も考えないと」と対策の必要を訴えた。  近くの別の掲示板でも、クリアファイルに入れずに枠外に張られたポスターが雨で垂れ下がっていた。杉並区のJR高円寺駅前の掲示板でも、枠外のポスターは背面の粘着テープばかりが目立つ。

都庁近くの掲示場で枠外に張られたポスター。クリアファイルに入れられ、雨で下を向いていた=21日、東京都新宿区で(奥野斐撮影)

 台東区役所近くの掲示板を見ていた都外の70代男性は「こりゃ、ひどいな」。「NHKに受信料を支払う人は馬鹿だと思います」と書かれたポスターが24枚。近くのバス停にいた文京区の男性会社員(69)は首をかしげ「もはや掲示板に意味がない」と話した。  墨田区の錦糸公園周辺の複数の掲示板も「生活困窮者をなくせ!」「政見放送を見てね」などと求める同一デザインのポスターで「ジャック」。お年寄りが足を止め、高校生が指さしながら通り過ぎ、目を引くのは確かのようだ。仕事の打ち合わせで訪れた練馬区の男性会社員(64)はスマートフォンのカメラを向けながら「供託金を払えば出られる制度を何とかしないと。もっとしっかり事前審査をした方がいい」。

◆たった4枚…「これも多摩格差か」

 多摩地域では掲示板に空白が目立つ。青梅市内では4枚しか張られていない所も。自営業男性(66)が「都心ではたくさん張られているのだろうが、これも『多摩格差』の一つか」と皮肉交じりに話した。(奥野斐、小形佳奈、押川恵理子、昆野夏子)   ◇  ◇

◆逆手に取られた「表現の自由」

 選挙ポスターの「枠不足」を巡る都選管の対応に、公職選挙法に詳しい片木淳弁護士は「立候補の届け出が後の方だったとはいえ、公平性の観点で問題はある。雨風によって見えにくくなっているなら、なおさらだ」と説明。「そもそも公営掲示場にしか掲示を認めないことを含め、先進民主主義国にはない日本の選挙運動規制を抜本的に改めるべきだ」と提言した。

投票箱(資料写真)

 一般社団法人「選挙制度実務研究会」の大泉淳一会長は、ほぼ全裸の女性のポスターや同じポスターが多数張られたことについて「掲示場の中は自由にやってくださいというのが基本だが、それを逆手に取られると、表現の自由で何でも良くなってしまう」と指摘。「限度の定め方は難しい」とした上で「『常識から外れている』とほとんどの人が思う状況であれば、立法で規制するなどの対策を取ることも考えられる」と話した。  警視庁は20日夜、裸同然の女性のポスターを掲示した候補者を本庁に呼び出し、警告した。適用したのは公選法ではなく、公共の場での卑わいな言動を禁じる都迷惑防止条例で、選挙ポスターでの適用は初とみられる。警視庁幹部は「警告してはがさせる。従わなければ差し押さえるしかない」と強調した。  同じポスターでの「掲示板ジャック」については別の捜査幹部が「公選法に規定がない以上、どうすることもできない。法制度の早急な見直しが必要ではないか」と指摘した。(三宅千智、佐藤航)   ◇  ◇

◆「ほぼ全裸」ポスターに警告 候補者が撤去開始

 東京都知事選で候補者の1人がほぼ全裸の女性が写った選挙ポスターを掲示し、警視庁が都迷惑防止条例違反の疑いで警告した問題で、候補者は21日、ポスターの撤去を始めた。  候補者は20日夜、報道陣の取材に「性的な表現の自由を保障すべきだと考え、露出の多い女性のポスターを張った。法の範囲内と思っていたが、警告には速やかに従う」と話した。  条例は公共の場での卑わいな言動を禁じており、警視庁生活安全特別捜査隊は「過去に張られた選挙ポスターと比べても(適正な範囲を)明らかに逸脱している。青少年の健全育成のためにも、警告が今後の警鐘になれば」としている。(小倉貞俊) 

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