不正輸出の疑いで社長らが逮捕された大川原化工機事件。その後、無実が明らかになりました。「人質司法」ともいわれる捜査で、多大な被害を被った、当事者たちの声です。

「人としての尊厳のある死に方をさせてあげたかった」がん見つかるも保釈認められず…

横浜市の機械メーカー「大川原化工機」の大川原正明社長(75)が、何度も訪れる墓がある。ここに眠るのは、元同僚の相嶋静夫さんだ。

大川原化工機 大川原正明 社長
「ちゃんとした治療ができてればこんなことにならなかった。こういう状態になるのであれば、(罪を)認めてしまうのも、そのときの選択にはなかったつもりだが、人の命はかえられないという感じもして、しゃくだけどね」

大川原さんと相嶋さんは2020年3月、元取締役の島田順司さんと共に警視庁公安部に逮捕された。生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥機を無許可で中国に輸出した疑いだ。

だが検察は、「犯罪にあたるか疑義が生じた」として、「起訴取消し」という異例の判断を下した。

相嶋さんはすでに胃がんでこの世を去っていた。亡くなるまでの11か月間、何度も保釈を求めたが、裁判所は一度も認めなかった。

大川原社長
「病院ではもう手遅れのような状態。相嶋さんが亡くなったのは7日だが、私が聞いたのは10日。 葬儀も行けなかったし、本当に残念です」

遺族は“人質司法”の犠牲になったと話す。

相嶋さんの妻
「早く安らかに休める日が来るといいですね。まだあの世で、心配でたまらなくてウロウロしてるんじゃないですか」

相嶋さんの妻は、「最愛の夫が適切な医療を受けられず死期を早められ、かけがえのない時間が奪われた」として、国を相手取り損害賠償を求める訴えを起こした。

金平茂紀特任キャスター
「『正義は勝つ、真実は一つ』と書かれていますが、これは?」

相嶋さんの妻
「主人といつもこういうふうに話していたので、主人の名前で私が書きました」

胃がんが見つかった後も、保釈は認められない形で外部の病院に入院した。

入院中の相嶋さん
「みなさん元気ですか。じいじはあまり元気ないけど頑張ってるよ。早く元気になってみんなに会いたいです」

相嶋さんの妻
「病気がわかってからはもっともっとつらくて、どうしたら助けられるかなって毎日そればかり考えてました」

相嶋さんが逮捕後に書き残したメモには…

相嶋さんのメモ
「あらかじめ作ってあったシナリオにうまく乗せようとしていた」

取り調べた捜査員
「黙秘はあなたの為にならない」
「早く話して会社に戻ってあげなくては」
「長くなる、後悔するよ」

相嶋さんのメモ
「私が今さら逃亡したり、あるいは関係者に対して不当な働きかけを行うはずはありません」

妻と長男は、相嶋さんの死をどう受け止めたのか。

相嶋さんの妻
「本当に生きているのが嫌になるくらい心がボロボロになってしまって、(本人も)『何も悪いことしてないのに』、『なんでこんな目に遭うのだろう』って」

相嶋さんの長男
「人としての尊厳のある死に方をさせてあげたかったですよね。検察も警察も決定的な証拠を持ってなかった。持っていないから、父や社長や島田さんが自白してくれないと困るわけですよね。想像するに、父が体調を崩したときに、検察官は自白のチャンスだと思ったんだと思います。その取り引きに父の病気を使ったというふうに今となっては思います。それが“人質司法”の姿だと思う」

「人質司法」は警察や検察だけの問題ではなく、「裁判所の不作為」の結果だと遺族は感じている。

相嶋さんの妻
「せめて裁判官が保釈請求を見て保釈をしてくれていたら、主人はまだ生きてたかも知れない。もう体全身で悔しかったと思う」

相嶋さんの長男
「裁判官は逮捕状を発付する権限、勾留を認める権限、保釈を決める権限があるので、その権限を正しく使ってほしい。多分どこかで怠けてたのだと思う、今回のケースは。そういう怠け心をあなた達裁判官が持つと、これだけ不幸なことが起こることを、今回のケースを直視して今後の仕事に生かしてもらいたい」

警察官「まあ、捏造ですね」ずさんな捜査に、省令の不備も…

警視庁公安部のずさんな捜査も明らかになった。

逮捕から8か月後、内部告発の手紙が会社に送られてきた。手紙には、捜査の問題点を知っているある捜査員を、法廷で証言させるべきだと書かれていた。

手紙の差出人
「彼は貴社側に立った見解を持っており、警察組織の意向とは関係なく、自分の意見を貫くタイプの人間です。警察側に不利益となる情報が明らかになると確信しています」

大川原社長
「我々にとって非常にありがたい言葉。裁判を戦っていく中で、後ろで支えてくれてる人がいるんだなということで、我々としてはより頑張れる」

社長らが国などに賠償を求めた裁判では、捜査を担当した警察官が法廷に立ち、異例の証言をした。

警察官
「まあ、捏造ですね」

別の警察官
「捜査幹部がマイナス証拠をすべて取り上げない姿勢があった」

また、輸出規制を所管する経産省が省令の不備を認め、捜査に消極的だったことが警視庁のメモから明らかになった。

経産省担当者の発言
「本当に情けない話だが、この省令には欠陥があるとしか言いようがない」
「警察が都合の良い事実のみを経産省に伝えているのではないかと感じることが多々あった」

だが経産省は、急に強制捜査を容認する姿勢に転じた。

経産省担当者の発言
「ガサ(家宅捜索)をやること自体は悪いことではない」
「公安部長が盛り上がっているというのは耳に入ってきている」

そして、公安部は…

捜査関係者
「あれが、強制捜査に至るきっかけだった。経産省がお墨付きを与えてくれた。明確な根拠もないのにガサをすべきではなかった」

さらに、元取締役の島田さんを取り調べていた捜査員が調書を廃棄していた。この捜査員が部内の報告書に、「調書を誤って廃棄した」などと記したことついて、別の捜査員がこう書き加えた。

別の捜査員のコメント
「完全なる虚偽報告」
「よくこんな報告書が作成できるよな。どっちが犯罪者か分からん」

2023年12月、裁判所は国などに約1億6000万円の賠償を命じた。しかし、国などは判決を不服として控訴した。

警視庁のコメント
「起訴が取り消しになったこと自体については真摯に受け止めています」

だが、ある捜査関係者は私たちの取材に対し…

捜査関係者
「大川原は昔から中国とズブズブで真っ黒な会社。世界のトップ企業だから摘発した。捜査は完璧ではなかったが、別の切り口から犯罪を立証できたかもしれない」

一方で、別の捜査関係者はこう本音を吐露した。

捜査関係者
「責任を感じている。正しい情報を把握出来ていれば、捜査の中止も検討すべきだった」

良心の呵責に苛まれていた捜査関係者もいた。

捜査関係者
「組織には3種類の人がいる。『間違った事をやる人』『沈黙する人』『声を上げる人』。特定の捜査員が間違ったことをやり続けた。誰も声を上げることができなかった。被害者の方に本当に申し訳ない」

大川原社長(2023年12月・判決後の会見)
「自分たちは跳ね返して名誉回復できたからいいんだけども、そうではない人は沢山いるんだろうと思うんです。謝罪がないと検証もない、それが何とかされるまでは言い続けたい」

「警察は謝らない」袴田巌さんの姉・ひで子さんと大川原社長語る“取り調べに抗う難しさ”

人質司法の問題を訴える人が、静岡県にもいる。袴田事件で再審公判中の袴田巌さんの姉・ひで子さん(91)だ。弟の無実を信じて戦ってきた。

金平特任キャスター
「いわゆる袴田事件の再審裁判はきょうで結審です。原告団がひで子さんを真ん中にして入廷するところです」

袴田巌さんは1966年、静岡県で一家4人を殺害したとして逮捕され、その後死刑が確定。しかし、2014年に静岡地裁の決定で再審、裁判のやり直しと釈放が認められた。

2023年10月、再審公判が始まったが、巌さんは長期間の勾留生活で精神を病み、十分に会話ができないことから出廷が免除された。

5月22日の裁判では、姉のひで子さんが法廷に立つことになった。

袴田巖さんの姉・ひで子さん
「巖の裁判ですので、巖は今は話はできないから、巖に代わって巖の言いたいことを申し上げるつもり」

検察は改めて死刑を求刑する一方、弁護側は無罪を主張し、ひで子さんが最終の意見陳述を行った。

ひで子さんの意見陳述
「巖は47年7か月、投獄されておりました。未だ拘禁症の後遺症と言いますか、妄想の世界におります。私も一時期、夜も眠れなかったときがありました。お酒を飲むようになり、アルコール依存症のようになりました。余命いくばくもない人生かと思いますが、弟、巖を人間らしく過ごさせてくださいますようお願い申し上げます」

袴田巖さんの姉・ひで子さん
「今日で(全ての審理が)終わりました。本当にほっとしております。もう1回(裁判に)行くだけでおしまいだよと言って、(判決日の)9月26日になったら巖に説明しようと思っています」

ひで子さんはこの日、大川原化工機の大川原社長のもとを訪ねた。

袴田事件と大川原化工機事件のずさんな捜査の背景には、人質司法がある。ひで子さんと大川原さんはその実態を公の場でともに語ることで、励まし合ってきた。

2024年2月には、大川原さんが静岡市で行われた袴田さんの支援集会に参加した。

金平特任キャスター
「大川原社長は、なぜ袴田さんの集会に行ってみようと思ったんですか」

大川原社長
「集会に出席することで実際にどうだったかっていうのをより詳しく知りたい。暗い雰囲気でやっているかなと思ったら、やはり袴田さんの明るさがあってね」

袴田巖さんの姉・ひで子さん
「私は泣き言を言うとか愚痴を言うとか、そういうことは言わないと思って戦っていたんですよ」

警察の取り調べに抗う難しさをこう語った。

大川原社長
「我々の親しい人たちの調書の内容を見ると、こういうことを言うわけがないのに、我々が法を犯したんだと調書に書いてあるんです」

袴田巖さんの姉・ひで子さん
「犯罪者にしちゃってる。普通の人は負けちゃう、泣き寝入りしてる。やっぱり真実は勝つですよ。へこたれんでよかったね」

大川原社長
「認めないで良かった」

人質司法がもたらした悲劇。2人は警察が過ちを認めて謝罪しなければ、再び繰り返されると訴える。

大川原社長
「謝らないんですよ彼ら(警察)は」

袴田巖さんの姉・ひで子さん
「もっと素直になってもらわないと困るよ」

大川原社長
「我々に対して嫌疑を作って、大きな被害を与えて、仲間も1人亡くなった。まずは素直に謝ってそれを直す形にならないと、いつ他の人もそういうことになるかわからない」

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