私は無国籍です。国連で働いて難民を助ける夢をかなえるためにも、日本の国籍を認めてほしい--日本で難民と認定されたアフリカ出身の男性が国を訴えた裁判が、東京地裁で続いている。男性が求めるのは、日本国籍の取得申請を不許可とした国の処分取り消しと国籍の付与だ。最大の争点は、難民に対して「帰化(国籍取得)をできる限り容易なものとする」と規定した難民条約の義務を、国が果たしたのかどうか。「知られざる法廷」から報告する。
(元TBSテレビ社会部長 神田和則)

「私には夢があります」

上下のスーツにネクタイ姿で身を整えた男性が証言台に進み、日本語で語り始めた。
「(祖国で私は)ある時、たくさんの人の前で意見を言い、その後、警察に捕まり刑務所に入りました」
「私は国を出て日本に来て、難民として認められました。日本では安全に生きていかれます。ですが、私がしたいことは、できません」

5月7日、東京地裁419号法廷。30人余りの傍聴人が静かに耳を傾ける。

「私には夢があります。国連で働きたい。難民の人を助けたい」
「大学院では難民を助けるための研究をしています。でも私にはパスポートがありません。無国籍です。これまで何度も国際的な会議に呼ばれました。でも行くことができませんでした」

そして裁判官に、こう語りかけた。
「私は自分らしく生きたいです。難民の気持ちがよくわかりますので、難民を助けたいです。そのために日本の社会の1人になるように認めてほしいです。どうか私の帰化を認めてください」

男性はアフリカの出身で、現在40代、早稲田大大学院の博士後期課程で国際関係学を専攻している。

日本に来たのは2013年、2年後に難民と認定された。

18年、日本国籍の取得を申請した。しかし不許可となった。法務局は理由を明らかにしなかったが、難民認定から3年だったため、国籍法の規定「引き続き5年以上日本に住所を有すること」がネックになったとみられる。

 “5年規定”をクリアした21年、2回目の申請をした。だが再び不許可になった。法務局の担当者からは「日本語能力の問題なのではないか」と言われたという。

23年4月、男性は国を相手取り、不許可処分の取り消しと国籍付与を求める訴えを東京地裁に起こした。

弁護団は「“できる限り容易”にした形跡が認められない」と主張

何が裁判で問われているのか。

最大の争点は、日本も加入する難民条約34条の規定だ。
「締約国は、難民の当該締約国の社会への適応及び帰化(国籍取得)をできる限り容易なものとする。締約国は、特に、帰化の手続が迅速に行われるようにするため並びにこの手続にかかる手数料及び費用をできる限り軽減するため、あらゆる努力を払う」

つまり、難民条約に加入している国は、難民のその国の社会への定着や国籍取得をできるだけ促進する、いわば“ハードルを下げる”ことが義務付けられ、特に手続き面での負担を軽減するために、あらゆる努力をすることが求められている。

男性の弁護団は、次のように主張する。
「難民条約34条が国籍許可を直接、義務付けているわけではないが、申請者は難民であり、受け入れた国が国籍を与えなければ、生涯、実効性のある国籍を持てなくなってしまう。だから国は、一般の外国人に比べて国籍取得を“できる限り容易なものとする”という難民条約の義務を誠実に順守し、最大限に促進しなければならない。ところが男性の場合は“できる限り容易”にした形跡が認められない。条約の要求に実質的に応えておらず、法務大臣の裁量権を逸脱、乱用したことは明らかだ」

国側は、こう反論する。

1)法務大臣には、国籍取得を許可するかどうかに関して極めて広範な裁量権がある。国籍法が定めた条件が備わっていても許可を義務付けられているわけではない。

2)難民認定されたことは判断する際の一つの事情。また、国籍を取れなくて不利益を被ったとしても解消する義務はない。

3)国際情勢、外交関係、公安上、不許可の理由を開示できない場合があるため行政手続法上も理由開示の適用除外とされている。

4)国籍法には「法務大臣は、外国人がその意思にかかわらずその国籍を失うことができない場合…境遇につき特別の事情があると認めるときは…帰化を許可することができる」という規定がある。これは、出身国の国籍を喪失させることができなくても、日本国籍の取得を許可することができるというもので、難民など特に人道上の配慮を要する場合を念頭に置いている。この規定は難民条約34条の趣旨にかなったものだ。34条は、その他には国籍取得の条件を緩和や裁量権を制限するものではない。

4)について私なりに補足説明をすると、例えば難民の場合、出身国から迫害を受けるおそれがあるので、(本人の意思がどうであろうと)大使館に出向いて国籍喪失の手続きをとることができない。そうなると形式上は、二重国籍になる可能性があるが、それでも人道上の配慮から日本国籍を与えることができるという規定が国籍法にはすでにある。これは34条の趣旨に沿うものだ。34条は、それ以上に取得の条件を緩めるものではない。

国側は「日本語能力が不許可の事情」と、初めて明らかに

これに加えて国側は、2度目の帰化申請については、国籍法が定めた必要条件を満たすことを認めたうえで、男性の日本語能力を不許可の事情としたことを、初めて明らかにした。

「日常生活に支障がない程度の日本語能力を審査するために、複数回の日本語テストをしたが、男性は基本的な平仮名、片仮名の読み書きが十分にできなかった。日本語能力を含む諸事情を考慮した結果、日本社会への融和上問題があると認めて不許可とした

弁護団は反論する。
「国側は、日本語能力の他には“日本社会への融和上の問題点”を何も主張していないので、不許可の理由が日本語能力であることは明らか。しかし、そもそも日本語能力は国籍法が定めた条件ではない。男性は、難民認定された人に日本政府が提供する定住支援プログラムの日本語教育を修了したほか、他の日本語学校にも通い、早大大学院入学の際の日本語講師の推薦状では『聞いて理解する力、話す力が特にたけている』と評価されている。ユニクロでも日本語のコミュニケーション能力が高いと評価され、アルバイトで採用、売り場での接客、レジ担当など約4年働いた。弁護団との打ち合わせもほとんど日本語で、相当程度の理解力が認められる

そして弁護団は、「国側の主張する『日常生活に支障がない程度』という基準があいまい、不明瞭だし、日本語テストの内容も明らかにされていない。国籍取得の申請者は、求められるレベルがわからなければ対策も立てられない」と批判する。

弁護団によると、過去に一般の外国人について国籍取得を認めるかどうかが争われた裁判で、国側は「法務大臣には極めて広い裁量がある」と主張し、判決もそれを認めてきたが、今回のように原告が難民で、難民条約の「できる限り容易なものとする」という規定が争点となる裁判は初めてという。

5月下旬、弁護士事務所で本人に会った。
男性は「この裁判は私だけのためではなく、同じ問題を持つみんなのためでもある」と裁判を起こした思いを語った。

「なぜ日本なのか」という問いには、「日本と祖国(注・会話では国名)の文化は似ている。一生懸命働くこと、優しいこと…。国籍はないけれど、私の国は日本、気持ちは日本、他の国にはない」という答えが返ってきた。
 
話を聞いたのは1時間ほど。話題は難民をテーマにした英文の博士論文の内容など多岐に及んだが、やりとりはほとんど日本語だった。私はこれまでにも、日本国籍を取得した元インドシナ難民を取材してきたが、男性の会話の実力はまったく遜色ないと感じた。 

欧米では、国籍取得期間の短縮や語学レベル緩和で“できる限り容易に”

難民条約34条が規定する義務を、どうみるのか。国際人権法が専門の阿部浩己明治学院大教授に話を聞いた。

阿部教授はまず、「34条は難民に国籍を認める義務を国に課したものではないが、一般の外国人に比べて国籍取得の手続やコストを和らげ、しかも“できる限り”という条件を付けてあらゆる努力を払うことを法的に義務付けている」と大前提を示した。

そのうえで、34条の背景にある考え方を説く。
「難民問題の解決には、1)本国に戻る、2)第三国に定住する、3)避難した国が受け入れる-の3つの方策がある。しかし、1)と2)が現実的でない場合、残るのは3)しかない。そこで、世界中のどの国からも保護を受けられない“難民”という状態から救うために、その人を難民と認めた国には、できるだけ一員として受け入れるように必要な手だてを講じる義務を課した。欧米の場合、国籍取得に要する期間の短縮や語学能力のレベルの緩和など、“できる限り容易なものとする”措置をとって条約の義務を果たしている

今回の裁判について阿部教授は、「国が34条の義務を果たしているかどうかを見る最大のポイントは、男性の国籍取得を“できる限り容易なものとする”ために、何を具体的にしたのかにある」といい、「国側が何も示せないのであれば、条約を誠実に順守する義務に反する」と指摘する。

地球上で行き場を失う人たち

裁判は、いましばらく双方の主張のやりとりが続く。

4年前、東京高裁が言い渡した判決が強く印象に残っている。旧ソ連の崩壊で無国籍となったジョージア生まれの男性について、難民と認定しなかった国の処分を取り消した事例だ。

「(男性は)難民であるばかりでなく無国籍者でもあって受け入れ見込み国が存在しないこと、退去強制命令を発すると地球上で行き場を失うことは、(入管の)審査官ら担当者にも一見明白だった」

「地球上で行き場を失う」。この言葉は出身国の保護を受けられないすべての難民にあてはまる。だからこそ、人権が守られない無国籍状態を放置せず、一刻も早く解消することが求められている。

難民男性からの新たな問題提起に、裁判官は、果たしてどんな判断をするのだろうか。

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<“知られざる法廷”からの報告>
 裁判所では連日、数多くの法廷が開かれている。その中には、これからの社会のあり方を問う裁判があるが、報じられないまま終結してしまうことも少なくない。“知られざる法廷”を取材して報告してみたい。

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