スリランカから日本に逃れてきたナヴィーンさん(43)と、妻の契約社員なおみさん(51)が、国を相手に夫の在留資格を認めるよう求める裁判が、大詰めを迎えている。結婚から7年、2人は日本で穏やかに暮らすことができるのか―。秋にも想定される判決を前に、似た境遇に置かれた夫婦を小説で描いた直木賞作家・中島京子さんは、「幸せな結末」を願いながら裁判を注視している。(池尾伸一)

左からナヴィーンさん、なおみさん、なおみさんの母、次男、長男(2018年撮影・なおみさん提供、一部画像を加工)

 先月19日の東京地裁。中島さんは原告夫婦への本人尋問を傍聴していた。執筆した小説「やさしい猫」は、シングルマザーで保育士のミユキと、スリランカ人男性クマラの物語。2人は結婚するが、夫は不法滞在で入管に収容され、退去を命じられる。法廷では、小説の一幕のような光景が繰り広げられた。

◆「私たちのことが書かれているかと」

 中島さんとなおみさんはイベントで出会った。「私たちのことが書かれているかと思ったんです」。なおみさんに声をかけられた中島さんは、2人の歩んできた困難な道のりを聞き、「小説そっくりで驚いた」と振り返る。  なおみさんもシングルマザーで、夫のナヴィーンさんはスリランカ人。ある政党を支援していたが、ライバル政党の関係者に暴行された上、殺害脅迫も受け、日本に逃れてきた。離婚直後のなおみさんと交際し始めるが、学んでいた日本語学校が破たん。難民申請は認められず退去命令が出てしまう。2人は2016年に結婚したが、在留資格が認められないまま時は過ぎた。

◆収容のトラウマでうつ病に

 夫婦が厳しい困難に見舞われるのも共通する。小説では、入管に収容された夫は不眠に苦しみ高血圧で倒れる。ナヴィーンさんも結婚直後に10カ月間収容され、今もそのトラウマでうつ病に苦しんでいる。就労は法律で禁止されており、今はなおみさんが週6日間働き、家計を支える。  本人尋問で、妻を気遣い「仕事から帰ってくると疲れ切っていてご飯も食べず寝てしまう」と涙交じりに訴えたナヴィーンさん。なおみさんも「在留資格が与えられない原因は実の子がいないこともあると入管職員に言われた。年齢的に子どもを産めない自分を責めた」と苦悩を吐露した。

作家の中島京子さん(川上尚見さん撮影、中島さん提供)

 法廷に響く2人の言葉に、中島さんはじっと耳を傾けた。「彼だけ母国に帰し家族を引き裂いて、いいことがあるのか」。裁判を注視するのは6月10日に施行される改正入管難民法も念頭にある。施行後は、3回目以降の難民申請者の強制送還が可能になり、2人のように破壊される家族が続出しかねない。  小説「やさしい猫」では、夫婦の願いは裁判所に届き、幸せに暮らす権利が認められた。中島さんは「長く夫婦関係をつくってきた人には在留を認めてもいいはず。判決を機に、そう考えるのが普通という流れになれば」と、祈るように話した。

 小説「やさしい猫」 新聞に連載され2021年に出版された小説。昨年NHKで連続ドラマとして放送され、今年2月には劇団民芸の舞台にもなった。作者の中島京子さんは、特定の家族をモデルにしたのでなく、弁護士ら現場を知る関係者に取材を重ね、入管行政に苦しむ多くの外国人の状況を参考に執筆したと語っている。




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