2025年11月に都内で開かれる聴覚障害者の国際スポーツ大会「デフリンピック」にちなんだトークショーが9日夜、港区南麻布の都立中央図書館で開かれた。両親がろう者である「CODA(コーダ)」の作家五十嵐大さんら3人が、ろう者と聴者のコミュニケーションや大会への思いなどについて話し合い、約100人が聞き入った。

◆五十嵐大さん「ろう者やコーダがいて、そこに文化がある」

 9日は大会開催555日前に当たる。登壇したのは五十嵐さんと、デフバレーボール女子日本代表の中田美緒さん、北京五輪男子400メートルリレー銀メダリストで大会応援アンバサダーの朝原宣治さん。

対談する(右から)中田さん、五十嵐さん、朝原さん=港区南麻布の都立中央図書館で

 五十嵐さんは、自伝的エッセー「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」の著者。吉沢亮さん主演で9月に公開される映画「ぼくが生きている、ふたつの世界」の原作になっている。  映画化について聞かれた五十嵐さんは「ろう者やコーダという存在がいて、そこに文化があることを知ってもらえるきっかけになる」と期待感を示した。

◆東海大バレーボール部での4年間を語った中田美緒さん

 中田さんは、東海大バレーボール部に聴覚障害者として初めて入部した経験を語った。最初は「友達同士で楽しくおしゃべりしたり、一緒にご飯を食べたりという機会」を持てず「大好きなバレーを辞めたい」とも思ったという。  しかし、パワーポイントで資料を作って監督に自身の障害について詳細に説明。また、周囲にもバレーボールに関する手話を覚えてもらったりして「4年間かかって理解してもらった」。  「やはり、チームメートとコミュニケーション取れないって、すごく寂しいんですよ」と反応したのは朝原さん。ドイツ留学の際にドイツ語が分からず苦労した体験から「コミュニケーション取るということは、すごい大事なことだなと思った」と振り返った。

◆朝原宣治さん「当事者になると見えるようになる」

 聞こえる人が、聞こえない人と話したいと思いながらも「手話ができない」と思いとどまってしまう—。そんな場合の対処についても意見が交わされた。  五十嵐さんは、音声アプリの文字起こしや筆談などによるコミュニケーションについて、一概に否定はしないものの、日本手話の文法と日本語の文法が異なることから「ろうの人に結構負担が大きい。ろうの人がこっちに歩み寄っていることを忘れてはいけない」と指摘した。  その上で「まずはテキストできっかけをつくり、こっそり手話を勉強すれば、多分すごい信頼してもらえる。それで初めて対等なコミュニケーションになる」と強調した。

対談する(右から)中田さん、五十嵐さん、朝原さん=港区南麻布の都立中央図書館で

 初めて行く場所では、自分が耳が聞こえないことを事前に伝えるという中田さんは「『ありがとう』だけでもいい。手話で表現していただけると、とてもうれしい」と控えめに語った。  これに対し朝原さんは、パラリンピックを契機に車いす利用者と交流するようになった経験から「当事者になると、これまで見えていなかった障害者の方が結構見えるようになる。意識が入ってくるところがすごい大事」と応じた。

◆「1人1人が小さく変化した先に、東京都全体が生きやすい街に」

 最後は、デフリンピックについて思いを語り合った。自分が住む東京で開催されることが「信じられない気持ち」という中田さんは「聞こえない子どもたちのロールモデルになりたい。記憶に残る大会にできれば」と意欲を語った。  一方で、大会の知名度の低さにも触れ「オリンピックと同じように『今度デフリンピックがあるんだな』というように、社会が変わって行けたら」と前を向いた。  朝原さんは、2007年に地元・大阪で開催された世界陸上に出場した経験から「先輩としてアドバイスすると、多くの選手が気負いすぎて失敗した。僕は素直に応援の力を受けたいなと思っていたが、ぜひそういうパワーを自分の力にして、せっかくなので楽しんでやってもらいたい」とエールを送った。  五十嵐さんは、自分の映画やデフリンピックが、ろう者や手話を知ってもらうきっかけになるとしながらも「知って終わってしまうのは、歴史の中で何十回も繰り返してきた。ドラマでろう者と聴者のラブストーリーがはやっても、3カ月後にはみんな忘れる」と厳しい見方を示した。  その上で「今までみたいに『消費して終わり』ではなく、簡単な自己紹介くらいは手話でできるようになってみようとか、何でも良いけど、それを機に変わってほしい」と投げかけた。最後に「1人1人が小さく変化した先に、東京都全体が『マイノリティーとされる人たちが生きやすい街』なんだね、となる気がする。それを一番願っている」と思いを語った。 

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